「演劇」を活用し、さまざまなコミュニケーションで教育活動を行ってきた劇作家で演出家の平田オリザさん。大学入試改革にも携わっている平田さんは、演劇を学ぶ初の国公立大として、2021年度に開校する予定の国際観光芸術専門職大学(仮称)の学長就任も決まっています。連載「22世紀を見る君たちへ」では、これまで平田さんが「教育」について考え、まとめたものをこれから約一年にわたってお届けします。
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前回、「身体的文化資本」について語る上で、その前提となる「文化資本」の三分類について書いた。
一、「客体化された形態の文化資本」(蔵書、絵画や骨董品のコレクションなどの客体化した形で存在する文化的資産)
二、「制度化された形態の文化資本」(学歴、資格、免許等、制度が保証した形態の文化資本)
三、「身体化された形態の文化資本」(礼儀作法、慣習、言語遣い、センス、美的性向など)
この三分類と、昨今の教育問題を巡る混迷は密接にリンクしていると私は考えている。
安倍晋三首相はよく「努力した人が報われる社会」ということを語る。しかし、アンチ安倍政権の人々は、資産など、そもそものスタートラインが違うのだから「努力が報われる社会にならないのではないか」と考えている。しかも、安倍首相や麻生太郎財務大臣のように、資産はあるが身体的文化資本のいちじるしく欠如した人たちが「努力」を口にするので、多くの人々はイラッとくる。「お前にだけは言われたくない」と感じる。児童相談所の建設に異議を唱えた南青山の一部の住民たちも、ここに該当するかもしれない。
上記三分類のうち、二があって三のない人もいる。たとえば片山さつき参議院議員や橋下徹前大阪市長などがこれにあたるかもしれない。この一群の人々は、「自分は努力し、苦労してここまでやってきたのだから」と言って、他者にもその苦労を押しつける。保守系だけではない、野党の議員の中にもこのタイプの方が散見される。
この手の人々は、身体的文化資本に対して潜在的脅威を感じているので、大学入試制度改革には反対の立場をとりやすい。あるいは、身体的文化資本はごく一部のエリートだけが持てばいいのであって、多くの人々は従来通りに従順に努力を積み重ねるべきだという議論に傾きやすい。
これは一見、合理性のある議論だが、私はそれでは社会の様々な分断が加速して、結局、日本全体が息苦しく生きづらい社会になってしまうのではないかと考えている。さらに、これまで記してきたように、このままでは東京一極集中が加速し、人口のバランスが限りなく崩れて、取り返しのつかないことになるという懸念もある。
もちろん先月最後に記したように、その点に気がつき始めた自治体もある。
岡山県の県北、鳥取県との県境に位置する奈義町は、人口6000人の小さな山村である。この奈義町は、二年前から職員採用試験に演劇などのグループワークを導入している。
例えば、初年度に出した問題は以下の通り。
〈問題〉
これから皆さんには、別室に移ってディスカッションドラマを創ってもらいます。ディスカッションドラマというのは、文字通り、ディスカッション(議論)の様子をドラマにしたものです。人の出入りや動きなどは、あまり必要ありません。
これは発表の成果を問う試験ではありません。演技のうまい受験者が得をするような試験ではありません。ただし、発表についても、あとのインタビューで質問されると思いますので、最後までベストを尽くして行ってください。
グループワークの時間は60分です。部屋には筆記具などが用意してあります。グループワークの時も発表の時も、部屋の中にあるホワイトボード、椅子、机などは自由に使ってかまいません。
部屋にあるパソコンは、情報検索のみに利用してください。このパソコンで外部とメールのやりとりをすることはできません。
議論の過程も評価の対象になりますが、審査員のことはできるだけ気にせずに、グループワークに集中してください。
〈課題〉
以下の題材で、ディスカッションドラマ(討論劇)を創りなさい。
皆さんは、奈義町役場に入所早々、町長から、2020年東京オリンピックの合宿地として、どこかの国の、どこかの競技チームを必ず誘致してくるように厳命を受けました。
各自が、自分が推薦したい競技と、できれば、どこの国を呼びたいかを決めて議論をしてください。
ディスカッションドラマですので、ディスカッションをして自分の意見を通すことが目的ではありません。各自が役割を分担して、どうすれば議論が盛り上がるかを考えて、最後に、10分前後のディスカッションドラマを創っていただきます。
〈参考〉
それぞれの国と競技に、一長一短があればあるほど議論は盛り上がります。まず、どの競技、どの国を候補にするかを全員で考えましょう。
さらに、誰が、どの順番で、どのような発言をすれば議論が盛り上がるかを考えてください。議論がかみ合うだけが目的ではありません。わざと脱線させたり、その脱線にヒントがあったりするかもしれません。
奈義町職員採用試験の実施要項も「グループワーク」と呼んでいるだけなので、毎回、演劇が出題されるとは限らない。特に奈義町は小さな町で、職員採用は保育士や保健師と一般職員を一括して試験する。そのため例えば、以下のような問題を出した年もあった。
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