2017年の年末に、ご自身が余命3年とされる血液のガンの一種、多発性骨髄腫であることを公表された写真家の幡野さん。その真摯な活動に触れ、「何か手伝うことはありませんか?」と糸井重里さんが声をかけたのが始まりだといいます。『ほぼ日』発の幡野さんはじめての写真集のタイトルは『写真集』。発売日は3月1日です。「写真集」幡野宏志


私が幡野さんは知ったのは、2018年『ほぼ日』での糸井さんとの対談『これからのぼくに、できること』で。そこにリンクがはられていた幡野さんのブログ『最後の狩猟』(動物を解体する写真がありますのでご注意ください)を読みました。対談中に糸井さんも言われていますが、私も同様に「これはたいへんなものを読んじゃったな」というのが率直な感想でした。

そこから過去のブログを読んだり、幡野さんの発信される情報を追うようになりました。

そして、1st写真集が遂に発売されます。かつて生きていた建造物たちを捉えた
「海上遺跡」。狩猟を通じて、生きることの意味を問う「いただきます、ごちそうさま。」。そして息子・優くんとの日々を記録した「優しい写真」。幡野さんの代表作ともいえる三作が年代順に収録されています。


海上遺跡

 
 

海辺に佇む、かつて機能していた建造物の静かな記憶。撮影当時、幡野さんは「死」を撮っていたと思っていたが、いざ、作品をまとめて振り返ってみていると「生きていた」「そこに命があった」ということを撮っていたことに気づいたと言います。(『ほぼ日』被写体に出会う旅「被写体を見つけるということ」より


いただきます、ごちそうさま。

 

獲物を狙い、仕留め、解体して、食べる。「狩猟」の意味を問う意欲的作品群。「狩猟以来、幡野さんが私小説になってからの写真って、ずーっと『さよなら』を言ってるわけじゃないですか」(糸井さん)。(『ほぼ日』被写体に出会う旅「私小説と大自然」より)。

いちばん最初に出会った幡野さん作品ということもあり、やはりこの作品群が私にとっては特別なものに感じています。

私は学生時代にフィリピンの山奥でホームステイしたことがあります。村人たちは歓迎の意味をこめて、豚をしめ、それを日本から来た私たちにもてなしてくれました。村で大切に大切に飼育されていた豚です。もちろん、狩猟とは一線を画してはいますが、その一連の流れを見守った時の記憶が鮮烈に甦りました。作品を通して、「生きること」と「食べること」の意味をもう一度自分に問い直したくなりました。


優しい写真

 
 

息子・優君との時間。優しい毎日を撮った優しい写真です。「やっぱり、ひとんちの子どもの写真なんて、誰が見てくれるんだろう?っていうのは、いまだに思いますから」という幡野さんに対し、「写っているものは、バラでも空でも犬でも子どもでも、なんだってかまわないんですよ。ぼくらは、こころを読んでいるんだし、被写体との関係を見て、たのしんでいるわけだから」と糸井さん。(『ほぼ日』被写体に出会う旅「関係が、写っている」より)


「写真集」を見て感じることは人それぞれだと思います。幡野さんの「目=レンズ」を通して見える世界は、皆様にはどのようにうつるのでしょうか?

東京と京都のTOBICHIでは、写真展が開催中(〜3月10日)。『写真集』には未収録の写真が展示されています。
 

今日のお品書き
漫画家の折原みとさん。小・中学生のとき、たくさん作品を読みました。その折原さんがカフェ経営をして、かなりご苦労されていたこと、まったく知りませんでした! 「カフェをやりたいな」とつぶやいてしまったことがある方はたくさんいると思います(私はあります苦笑)。つい夢を見てしまいますが、現実はまったく甘くない世界だということがとても分かる記事でした。副業をお考えの方、3本まとめてぜひご一読ください!