正直に言おう。編集長交替時、ミモレをファッションサイトではないものにしようかと、とても悩んでいた。

ファッションという楽しさは私にも十二分に理解できてはいるけれど、昨今のインターネット上に溢れる情報量を目の当たりにし、どう発信したとしても消費行動を煽るだけの、何かを所有している人だけが勝ち組に見えてしまうコンテンツに終始してしまうのではないか。

一助になればと思い発信していることが、誰かの苦痛を生み出すのかもしれない。

疑心暗鬼になって、どんどん思考の沼に引きずり込まれた。

写真:Shutterstock

Webというものはどうしても「答え」を求められるところがある。それもできるだけ簡潔なものを。ゆえに、サイトづくりというものは検索していかに「答え」をヒットさせるか。というテクニックに奔走するのが当然とされる向きもある。でも、そのように量産される「役に立つ」情報というのは、その分かりやすさゆえに内容がとてもフラットだ。時が経てばAIが書いてもさほど変わりのないものになるだろう。

「このスカートを買えば正解です」。例えるならば、そういう記事をサクサクといくつもアップすればいいと割り切ることができたらどんなにラクだったろう。でも、それだけではない一歩先の提言をサイトにこめたかった。ファッションはあくまでもツールで、「おしゃれしたい」と思う本当の目的は何なのか? 読者の皆様と一緒にその難問に向き合って、試行錯誤しながら答えを探す旅をご一緒してもらうのがミモレのあり方なのではないか、と。そう、大切なのは日々のコンテンツひとつひとつの精度だけではなく、全体に流れるストーリーだ。

私自身、実は、何を着るか分からなくなるというおしゃれ更年期なるものを体感したことがない。当時の初代大草編集長がこの問題提起をしたときに、正直あまりピンとこなかった。が、たくさんの方から「私もです!」というコメントがつき、すぐに猛省。ファッションに対しての自分の見方が劇的に変わった体験だった。大草さんは、「プロである私ですら入るその暗いトンネルの最中にいる姿を晒し、それを読者の方々に一緒に体感して欲しい」と私に言った。そう、この人は、覚悟の人なのだ。

あるひとつの悩みの共有があり、その試行錯誤の道程を読者の方とたどる。そしてそこで導き出されたtipsがシェアされる。またおしゃれする楽しさを。そして、おしゃれする希望を。目指すべき方向に灯台のような灯りを点す。絶対にAIには書けない記事ができあがる。

あの時の自分が感じたことを反芻し、やはりミモレは引き続きファッションを軸としようと腹をくくった。この一連に関しては、正直ちょっと会社と闘ったような気もするが今それは特に重要なことではない。

私たちは毎日服を着る。そして、ほとんどの日は誰かに会う。その日着る服を考えることは、自分をどんなふうに演出するか。つまり、会う相手をどんなふうに喜ばせてあげるか、そして、何より自分のご機嫌をどうやってとってあげるのか。そのための作業なのだと思う。他者を慮り、そして何より自分を思いやる。日々のおしゃれを楽しむことは、自然に知性を磨くことができる、とても簡単な方法なのだと思う。

もちろん、時に億劫になることもあるだろう。それならば潔く休めばいい。そして、また始めたくなったら、自分を変えてくれるアクションとしてのおしゃれと向き合えばいい。

たかがファッション。されどファッション。

テイク・アクション!

脳内BGM/ (I can’t get no)Satisfaction(唄:ザ・ローリング・ストーンズ)

〜明日へ続く〜

 

今日の大森
仏教美術が大好きな、編集部の山崎と比叡山にきています。7月1日から新しい職場で働く私の、題して「禊旅」。「禊」の本来の意味は、何かを悔い改めるための儀式ではありますが、心機一転、頑張れるように身を清めてまいります!