「演劇」を活用し、さまざまなコミュニケーションで教育活動を行ってきた劇作家で演出家の平田オリザさん。大学入試改革にも携わっている平田さんは、演劇を学ぶ初の国公立大として、2021年度に開校する予定の国際観光芸術専門職大学(仮称)の学長就任も決まっています。連載「22世紀を見る君たちへ」では、これまで平田さんが「教育」について考え、まとめたものをこれから約一年にわたってお届けします。
前回は、数学者・新井紀子さんの著書『AI vs.教科書が読めない子どもたち』で語られている「中学、高校生の文章読解能力が“危機的な状況にある”」との論説について平田さんが検証。今回はその後半です。以下、今回の内容に関わる部分を要約して再掲します。
『教科書が〜』では、実際に行われた基礎的読解力を測る試験(リーディングスキルテスト=RST)のすべての問題が示されてはおらず、とりわけ正答率の低かった問題のみが記されている。その問題が以下である。
[問2]次の文を読みなさい。
Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。
この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。
Alexandraの愛称は( )である。
①Alex ②Alexander ③男性 ④女性
正解は①。中学生の正答率は38%、高校の平均は65%。これについて新井先生は「背筋が寒くなる」と綴っているが、同時に、こうも書いている。
〈おそらく「愛称」という言葉を知らないからです。そして、知らない単語が出てくると、それを飛ばして読むという読みの習性があるためです〉
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読解力が低いと、高偏差値の学校には入れない?
実際に学校で授業をしてみると解るが、小中学生は自分が知らない語彙に出会うと、いきなり聞く耳を持たなくなる。だから教師は、生徒が理解をしているかを探りながら、繰り返し言葉を換えて説明を続ける。
この問題の正答率は細かく見ていくと、中一で23%、中二で31%、ところが中三になると51%となっている。おそらく、「愛称」という単語をただ知らないだけではないのだ。英語における「愛称」の意味するところが解らなかったのだと思う。この点については、静岡大学の亘理陽一先生がブログの中で、以下のような問題文なら、もっと正答率が上がったのではないかと指摘している。
「ゆうちゃん」は男性にも女性にも使われるあだ名で、女性のユウカさんの愛称の場合もあれば、男性のユウキさんの愛称の場合もある。
→ユウカさんのあだ名は( )である。
①ゆうちゃん ②ユウキ ③男性 ④女性
新井先生は、RSTと高校偏差値の相関性が高いところから、「基礎読解力が低いと、偏差値の高い高校には入れない」と書かれている。果たして、そうなのだろうか?
私が最初に持った印象は、「これは、この手の設問に慣れている子が得意な問題だな」というものだった。実際、試験というのは、その出題形式に慣れているかどうかが大きく結果を左右する。たとえば近年、全国学力テストの県ごとのばらつきが縮まってきたのは、下位になった県が、繰り返し類似の問題を子供たちに解かせることで、「慣れてきた」のが原因ではないかとも言われている。
正答率は、問題への“慣れ”と比例する
通常、小中学校の国語の試験に、このような短文の設問はない。では、このような短文の試験で身近なものは何だろう。私がすぐに思い浮かべたのは英語検定試験だった。いまは教育熱心な家庭だと、小学校低学年の時点から、五級、四級と受験をして準二級くらいまでを取得する生徒も珍しくない。中学校では全校で受験する学校も多いと聞く。
民間の対策講座では、たとえば以下のような問題への取り組みが教えられる。
① 英文を読み、意味のイメージを摑む
② 「正解ではない」と思う選択肢は除外していく
③ 選択肢が残ったら、最後は勘で選ぶ(何より時間をかけない!)(ESL clubのホームページより)
しかし、それだけではない。塾では以下のようなことも、繰り返し訓練させられる。
・まず試験前には深呼吸
・問題文を、ゆっくり三回読む
・もう一度、見直す
このくらいの「心構え」を徹底させるだけでも、小学生の成績は大きく変わる。
まだ、こういった試験に親しみのない中学一年生から、英検を多く受けるようになる三年生への成績の推移、あるいは高校偏差値との相関性は、要するに短文問題への「慣れ」と比例しているのではないか。もちろん、これは私の推論に過ぎない。なにしろ『教科書が』に出てくる設問とデータは限られているので、この程度の推論しかできないのだ。
ここまでは、しかし前段である。私がもっとも、この「愛称」問題に違和感を覚えたのは、そもそも、本当にこんな註釈をつける教科書があるのかという点だった。昨今、教科書は飛躍的に解りやすくなり、ビジュアル化が進んでいる。いわゆる「悪文」もどんどんと消えているはずだ。
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