「演劇」を活用し、さまざまなコミュニケーションで教育活動を行ってきた劇作家で演出家の平田オリザさん。大学入試改革にも携わっている平田さんは、演劇を学ぶ初の国公立大として、2021年度に開校する予定の国際観光芸術専門職大学(仮称)の学長就任も決まっています。連載「22世紀を見る君たちへ」では、これまで平田さんが「教育」について考え、まとめたものをこれから約一年にわたってお届けします。

ここ数回にわたり続いている、数学者・新井紀子さんの著書『AI vs.教科書が読めない子どもたち』での「中学、高校生の文章読解能力が“危機的な状況にある”」との論説についての検証。以下、今回の内容に関わる部分を要約して再掲します。

前回は、新井紀子先生の『AI vs.教科書が読めない子どもたち』(以下『教科書が』と略す)を取り上げ、もっとも重要な(教科書から引用されたとされる)問題文自体が、実は教科書の原文とは違っていたこと、そして、そのことについて何の註釈もないのは不誠実ではないかという指摘をした。また、言われるような「危機的な状況」も感じなかった。あのような特殊な「設問」に答えられるのは、この手の問題に慣れている子供たちだけだからだ。

おそらく、『教科書が』に出てくる問題を繰り返しやらせれば、その正答率自体は上がる。それによって身につく「短文を慎重に読んで、出題者の意図を理解する能力」が、二十一世紀を生きる子供たち、若者たちに必要だという議論も、かろうじて成り立つかもしれない。

しかしそれよりも、どうすれば誤解を受けない文章を書けるかという能力や、誤読があることを前提にして、その事後処理を準備しておくという発想のほうが大事なのではないか。私なら別の設問を立てたいと思う。

 

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「あの問題」はどうあるべきだったのか


もう一度、前回取り上げた、正答率が低かったとされる問題を振り返ってみよう。

(問い)次の文を読みなさい。
Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。
この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適切なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。
Alexandraの愛称は(   )である。
①Alex ②Alexander ③男性 ④女性

この設問を応用して、私が考えた大学入試向けの問題は以下の通りだ。

(問い)
先の問題で中学生の正答率が低いことが大きな話題となりました。
どうして正答率が低かったのかを考え、その正答率を上げるために、この問題文の前に三百から四百字前後の文章を付け加えなさい。

(解答例)
英語やロシア語には、ある特定の名前にだけつく「呼び名」がある。これを「愛称」とも言う。この「愛称」は、身体的な特徴などから付けられる「あだ名」とは、少し異なるものである。
もちろん、日本語でも、俊太郎君のことを「俊ちゃん」と呼ぶことがある。ただし、必ず、そのように呼ぶと決まっているわけではない。ところが英語やロシア語では、一つの名前ごとに、ほぼ決まった呼び名(愛称)が存在する。
例をあげると、英語でよくある名前の「ロバート君」の愛称は「ボブ」や「ボビー」となっている。ロシア語によくある「エカテリーナさん」の愛称は「カーチャ」だ。
愛称はだいたい、男女別にあるが、たまに男性にも女性にも使える愛称がある。
たとえば、Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるし、男性の名Alexanderの愛称でもある。
さて、この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適切なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。
Alexandraの愛称は(   )である。
①Alex ②Alexander ③男性 ④女性

 
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