石丸製麺の讃岐うどん【今日の買い物3】
買い物は店へのエールだから。何だか惹かれると思うものは、買って連れて帰りましょう! そうしてはじめて分かること、たくさんありますよね。ものを選ぶプロともいえる岡本夫妻の新刊、「今日の買い物 新装版」から、5回にわたってエピソードをお届けします! みなさんの買い物とそれにまつわるお話も、ぜひコメントでお寄せください!
食べる前から讃岐うどんが好きになってしまった
一度しか行ったことがないが、高松の「久保」という店で食べたうどんの味が忘れられない。住宅街にある小さな製麺所が、あいているスペースにテーブルと椅子をいくつか並べて、その場で食べることができるようにしたという体の店だ。友人から聞いた住所を頼りに、駅で借りた自転車で行ったのだが、さんざん迷ってようやく見つけたものの、店の前にできた長い行列に一瞬たじろいだ。時間がかかることを覚悟して最後尾に並ぶ。しかし、客も店も心得ていて、手短に注文し、ぱっと出てきたうどんをするっと食べさっと帰っていく。胸のすくようなスピードだ。食べる前から讃岐うどんが好きになってしまった。残念ながら、この店はすでに商売をやめてしまったと高松に住む別の知人が前に教えてくれた。だから二度と食べられないのだ。Nくんのご両親から送っていただいた亀城庵の讃岐うどんの味も忘れられない。これは取り寄せできるので、食べようと思えばいつでも食べられるものだが、自分は所謂「お取り寄せ」が好きではない。それは、遠方でしか手に入らない美味しいものをわざわざ送ってくれる人がいるということのほうが、自分でそれを取り寄せて家に常備することよりも、何倍も幸福に感じるからである。とはいえ、無愛想で筆無精な自分であるから、そうそう香川のうどんやら高知の小夏やら紋別の毛蟹やらが送られてくることはない。それが現実だ。
讃岐うどんが食べたくなったら近所の東急ストアに行き、石丸製麺の讃岐うどんを買う。長葱と生椎茸と酢橘と鶏の胸肉も買う。それと、忘れてならないのはヒガシマル醤油のうどんスープ。これだけ揃えれば、そこらの蕎麦屋で食べるうどんが恥ずかしさのあまりどこかに逃げてしまうくらいの讃岐うどんが自分で作れる。袋の裏の注意書きにある通りに、たっぷりのお湯できっちりと13分間茹で(※1)冷水できちんとしめる。ああ美味い。ちなみに半生タイプも売っている(※2)が、自分はいちばん安いこの乾麺タイプで十分だと思っている。それにしてもだ、人間、人づき合いは大切にしなくてはいけない。
※1 13分よりも短めがコツ。
※2 お取り寄せもできるみたいですよ。
『今日の買い物[新装版]』
岡本 仁 岡本 敬子 著
買い物は店へのエールである。今はもう失われてしまった店の記憶や、変わらぬ老舗の味。スタイルのある洋服やアクセサリー、そして古びないプロダクトデザイン。今日もまた、いろいろなものを縦横無尽に買い物する2人の、もの選びのセンスとは? ものを選ぶことが仕事でもある編集者岡本仁+ファッションディレクター岡本敬子の大人気買い物エッセイ、新装版が登場! (解説・平野紗季子)
※9月26日発売予定(予約受付中)
大森パイセンの推薦コメントはこちらからも!>>
前回までの更新はこちら
→マッターホーンのバウムクーヘン
→あけびの籠
次回更新は9月20日です。お楽しみに!
岡本 仁
北海道夕張市生まれ。テレビ局を経てマガジンハウスに入社、雑誌『ブルータス』『リラックス』『クウネル』などの編集に携わる。2009年よりランドスケーププロダクツにてプランニングや編集を担当。近年はキュレーションなども手掛ける。著書に『東京ひとり歩き ぼくの東京案内地図。』『また旅。』『果てしのない本の話』ほか多数。
Instagram:@manincafe