誰よりも仲良しだった飼い犬のルーを失い、その不在に途方に暮れる8歳の少女サヤカ。映画『駅までの道をおしえて』は、一人と一匹が過ごした幸せな春夏秋冬を追うと同時に、大人たちに見守られながら、強く成長してゆく少女の姿を描いた作品です。今回はサヤカの母親役を演じた坂井真紀さんにインタビュー。ご自身もサヤカと同じ年齢の子供を子育て中である坂井さん。「生きていることが奇跡のように思える時代」に子育てをすることの難しさや、ささやかな喜びは、自身の女優としての在り方にも通じるもののようです。

 
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自分が生きていくのも大変なのに、
もう一人の命を預かるなんて……


「優しい映画だなぁと、一番に感じました。日々の大切さや、見過ごしていた小さな幸せや、自分の身の回りにある命について、たくさん考えました。現場でも、監督が新津ちせちゃん(主人公・サヤカ役)の表情を時間をかけて大切に撮る様子を、大人の出演者たちが見守っていた感じで。それは出来上がった作品にもきちんと現れていて、サヤカがただ走る姿に、生きてるってすてきだなって思えるんです」

映画『駅までの道をおしえて』の感想を、坂井さんはそんな風に語ります。自身が出産を経験したのは41歳のころ。現在はサヤカと同じ年齢の子供を子育て中です。

「2歳くらいの頃からかな、ずーっと地べたを見て歩いて、ダンゴムシやらセミの抜け殻やら、常になんか拾うんです。今も”拾ってきちゃダメだよ”って言っても、”ただいまー”と帰ってきて手に何か握ってるなーって思うと、ダンゴムシ(笑)。正直言えば”気持ち悪い!”なんですが、親がそういう反応をすると”気持ち悪いもの”になっちゃうから”かわいいね~”って言うんですけれど(笑)」

女優としてのチャレンジの時代はと聞けば、30代後半で出演し始めた舞台を挙げます。ドラマで実力をつけてきたはずなのに、演劇では何もできないーーそんな思いから次々と飛び込んでいったのは、「ナイロン100℃」や「劇団☆新感線」といった、聞くからに鍛えられそうな舞台の数々。妊娠したのはそんな時でした。

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「自分が生きていくのも大変なのに、もう一人の命を預かるなんて……と消極的に思っていました。でも親になってみたら、感動と学びの毎日に感謝せずにはいられません。子供がいなければダンゴムシにこんなに詳しくなることもなかったですし(笑)、二度目の人生を歩ませて頂いているような気がします。子育ては思い通りにいかないことが多いからこそ、なんとかなる、っと思わなければいけないポジティブさ、前に進む力も得られたように思いますし、一点の曇りもない真っ直ぐな”お母さんが一番大好き!”という愛情にも、大きな力をもらえます。あ、先輩のお母さんからは思春期になると”大好きと言ってくれていたのが、嘘のようだよ……”と、言われたりして少し怖かったり(笑)。子育ては、その時期にしか得られない瞬間が宝物のようにありますね。そして、とても大事な私たちの仕事だと思うんです。私たちの未来を育ててるようなものですから」


”ヤバイ”とか”マジ”とか言わないように気をつけています(笑)


映画の中盤に、晩御飯の食卓で印象的なやりとりがあります。その日、朝早くから一人で出かけて行ったサヤカに、坂井さんと滝藤賢一さんが演じる両親が「どこにいっていたの?」と尋ねます。サヤカの答えは、ただ一言ーー「デート」。当然ながら両親は「誰と?」「どこに?」と尋ねるのですが、サヤカの答えは「内緒」「秘密」。ふたりはそれ以上は追及せず、サヤカは食器をきちんと片付けて、一人部屋へと戻ります。

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映画『駅までの道をおしえて』より。家族の食卓のシーン。©2019 映画「駅までの道をおしえて」production committee

「両親はサヤカを子ども扱いせず、すごく信頼して、きちんと向き合っているんだなと思いました。だからサヤカみたいに心が自立した子供が育つのかなあと。自分の子育てに引き寄せても、いろいろと考えました」

子育てを中心に生きてきたこの8年、感じるのは「子供は親の背中を見ているな」という実感だそうです。

「一番に心がけているのは、言葉遣い(笑)。以前はついつい口にしていた”ヤバイ”だったり”マジ”なんていう言葉を、言わないようにしています。すぐ真似しちゃうんで。あとは”待ってあげること”でしょうか。たとえば朝の学校に行く前って時間がないですよね。うちの子はちょっとマイペースなところがあって。でも、早くしなさい!と苛立っても仕方ないから、待って。待ってもどうにもならない時も多いので、押してみたり引いてみたり、言い方変えてみたり。先回りやフォローもしてしまいますが、せっかく小学校という小さな社会に送り出したのなら、失敗も経験するほうがいいなと」

怖い事件も多い時代だから、子供を外の世界に送り出すのは勇気がいると、坂井さん。毎日のように無事を祈りながら「いってらっしゃい」と送り出し、元気な「ただいま」にはホッと胸をなでおろす。

「サヤカは自分からどんどん出かけて行く子で、そこがすごく生き生きとしていいんですよね。こういうふうに子供が社会に見守られながら駆け回れる世界って、すごく素敵だなと思います。そういう世界は、失われてはいけないですよね」

 
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