10月12日に40歳の誕生日を迎えた女優・ともさかりえさん。12歳で芸能界入りした後、ドラマや映画などヒット作にも恵まれ、順風満帆にキャリアを重ねてきました。
とはいえ、記憶にないというくらいがむしゃらに働いた時期は思い出したくもない、と感じていたことも。それから歳を重ね、40代に突入した今、時を経たことでいろいろなことが浄化され、過去を受け入れられるようになったと言います。
そこに至るまでの変化、そして今後への思いを伺いました。

 

ともさかりえ 1979年、東京都出身。12歳で芸能界デビュー、ドラマ『金田一少年の事件簿』のヒロインで注目を集める。その後、女優として数々の映画、ドラマなどに出演。最近では舞台でも活躍、演技派女優として活動の幅を広げている。また、ブログの発信もいち早くスタート、そのファッションやライフスタイルがファンのみならず女性の共感を集めている。近々、ミモレで連載がスタート。公式ブログ:http://ameblo.jp/tomosaka-rie インスタグラム:rie_tomosaka_official

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忙しすぎて心身をすり減らしていた10代の頃、その記憶も浄化され


――ミモレの読者はともさかさんが10代の頃からの活躍をずっと見てきて、今も輝いている姿に励まされている人が多い世代だと思います。

ともさかさん(以下ともさか):それこそこの間、『金田一少年の事件簿』で共演していた(堂本)剛さんと久しぶりに仕事で再会したんですけど、40歳という互いに節目のタイミングで、こうやって笑い合えたことが、ものすごく感慨深かったんです。簡単には言い表せないくらい、本当に大変な時代を一緒に駆け抜けた戦友みたいな人なので。あれから20年近く経って、楽しいと思える何かを見つけて頑張っている彼の姿を拝見して、とても素敵なことだなと励まされました。

10代の一番忙しかった時期はちょっと自分の許容量を超えすぎていてほとんど記憶にないし、思い出そうとすると震えがくるくらい、心身をすり減らしていた時間なんですね。
だからどちらかというとあんまり思い出したくない時間と記憶になっていて……、黒歴史というか(笑)。

でもここ数年、第1回でもお話ししたように、堤幸彦監督や大根仁監督など、20年くらい前に出会い密にお仕事した方々との不思議な再会が続いていて、あの時間のことを一緒に笑いあえたりしたことでいろんなことが浄化されました。
あのときに感じていてしこりのようになっていた気持ちが、柔らかいものになったというか。「そうだ、こんなに素敵な人たちに出会って、こんなに面白い仕事をしていたんだ!」って、やっとあの時間を肯定ができたような気がしています。

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当時の出来事は、10代の幼心には背負いきれないことばかりでした。SNSがない時代だから、直接的な誹謗中傷を受けて、家族も巻き込んで悲しくて怖い思いをさせたし、私も毎日、常に何かに追われているような恐怖を感じていた気がします。中学から高校にかけての数年間で名前と顔を沢山の人に認知していただいて、それはとてもありがたいことなんだけど、でもそのスピードに心が全く追いつかなかった。
『金田一』パート2の撮影後半に、いよいよ限界を超えて入院して……あの時は本当にボロボロでした。正常な思考もできず、夜の真っ暗な病室で「私はこのまま死んでしまうのかな……」とかそんなことばかり考えていて。 精神的にも不安定だったあの頃を考えると、今こうやって元気に生きていることが冗談ではなく本当に奇跡のようで。生きていて良かったと心から思います。あの時間があるから今があるんだとやっと思えたし、何事も「続ける」ことには大きな価値があるんだなって。