ひとりの孤独な男性が悪のカリスマ〝ジョーカー〟になるまでを描いた映画『ジョーカー』


現代アメリカの二極分化を反映


最近「ぶっ壊す!」などと言われているNHKだけど、個人的には「じゃあ壊して何処を観るの?」と言いたいほど、テレビ番組はNHKのものしか見ていない。
たとえばBS1で毎朝やっている帯番組「キャッチ!世界のトップニュース」。あれほど海外のトピックを事細かに伝える番組を作れる局がNHK以外あるだろうか? 特にお気に入りのコーナーは金曜日の「@NYC 」。文字通りニューヨーク情報に特化したコーナーである。

 

このコーナーの前半部では、ニューヨークで話題のトピックについて、コーナーMCのマイケル・マカティアがニューヨーカーに街頭インタビューを行う。10月18日のトピックは「マイケル・ブルームバーグが大統領選に出馬したら応援する?」だった。

マイケル・ブルームバーグとは、一代で金融情報の通信企業ブルームバーグを築き上げ、2002年から13年までニューヨーク市長を務めた人物だ。その彼が、大統領候補者選びに際して穏健派と社会主義者(といっても、彼らが目指しているのは55年体制下の日本くらいのイメージ)の二派に別れて混迷する民主党の状況に憂慮して、「ドナルド・トランプを倒せるのは俺しかない」と、出馬を模索しているというのだ。

そもそもニューヨークはアメリカ内でもリベラルなエリアなので、過去の政治的なトピックに対しては、ニューヨーカーはほぼ100%意見が一致していた。ところがこの回では世代によって意見が真っ二つに分かれた。「ニューヨークを良くした彼のような人物が大統領に相応しい」と期待していたのが、身なりがきちんとした主に高年齢層。そして「金持ちが大統領になるのはもう勘弁」と言っていたのがカジュアル・ファッションの主に若年層だった。


当初は実験的な中規模作だった『ジョーカー』

コメディアンを夢見る純粋で心優しいアーサー(ホアキン・フェニックス) 。

映画『ジョーカー』が、米国内で賛否両論なのは、まさにこうした意見の二極分化を反映したものと言える。バットマンの宿敵ジョーカーの誕生秘話と銘打ったこの作品は、当初実験的な中規模作として製作された(予算は5500万ドル。通常のアメコミ大作の1/2から1/3)。主演に、名優ではあるものの決して客を呼べるスターではないホアキン・フェニックスが迎えられたのも、コケた場合のリスクが少ないからだろう。

ところがフェニックスの起用が吉と出た。彼が演じる青年アーサーは脳に障害を抱えており、セラピーと投薬がないと生きていけない。しかし財源削減によって福祉サービスを絶たれ、夢だったスタンダップ・コメディアンになる夢も目標としていた人物から嘲笑され、儚い恋も幻と終わってしまう。人生の全ての可能性を失ったことでアーサーは、善人であることを捨てる、というか捨てざるを得なくなる。過去にジャック・ニコルソンやヒース・レジャー、ジャレッド・レトらが絶対悪として演じたジョーカーを、フェニックスは生身の人間として演じきったのだ。

従来のアメコミ原作映画を超えたこの演技によって、『ジョーカー』はヴェネチア映画祭で最高賞である金獅子賞を獲得。10月4日に米国で封切られると、公開わずか3週で国内で2億6000万ドル(海外では5億1000万ドル)ものメガヒットを記録した。R指定映画ではすでに『デッドプール2』の記録を抜いており、どこまで興行収入を伸ばせるか期待されている。その一方で上映を見送ったり、暴動を誘発するとの理由から警察が映画館で警備する地域もあるそうだ。

 
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