女性だけ勤務中はメガネ禁止って……

女性は勤務中にメガネをかけるの禁止――って、ちょっと、なに言ってるのか、わかりませんね。
11月6日放送の『スッキリ』(日本テレビ系)では、そんなルールを社員に強制する企業のことが取り上げられ、ネットの界隈で激しく意見が飛び交いました。
番組は、特定の1社を叩いたわけではありません。この妙な規則、けっこうな数の組織で通用しているようなのです。
女性限定でメガネNGにする理由は、「メイクがお客さんに見えにくいから」(美容部員)、「冷たい印象を与えるから」(企業の受付)、「和装にメガネは似合わないから」(料亭)……などなど、“理由”はさまざまです。
こんな企業の常識がまかりとおるのには、それだけの理由があります。
今年6月、「就職活動や接客の現場で、女性にはハイヒール、パンプスを履くことが義務づけられていますが、その必要があると思いますか?」と問われた根元匠・前厚生労働大臣が、国会でこう答えているのです。「社会通念に照らして、業務上、必要かつ相当な範囲」。要は、ヒールやパンプスの強要はOKだそうです。ニッポン国では、女性の出で立ちについて、いつの間にか「男目線コード」ができあがっていて、国をあげてGOサインを出しているという話なのでした。

嗚呼、あの女性が、このニュースを聞いたら、どう思うでしょうか……?
2024年(令和6年)に日本の紙幣のデザインが一新されますが、そのうち五千円札のモデルとなる津田梅子(つだ・うめこ)さんです。
 

“女性差別上等”のニッポンに腰を抜かした、元祖帰国子女って⁉<br />_img0
 

津田梅子といえば、その名を冠した「津田塾大学」の創設者というイメージを持たれている方は多いかと思います。そして、数え年で8歳にしてアメリカに留学した「元祖帰国子女」という側面も、広く知られていることでしょう。
津田梅子の人生を、思い切って一言で言い表しますと、
「不条理に権利を奪われていた日本の女性たちに、思うように学び、思うように働くことのすばらしさを伝えた」
ということになろうかと思います。
梅子さんは、女性が当たり前に人前で意見が表明できるよう、日本のカルチャーを変えた人だと言えます。
これから梅子さんの人生を、3つのポイントに分けてたどってみます。お札のモデルになるというのに意外と知られていない偉人を、グッと身近に感じていただければと思います。
 

 

(1)「うちの父、なんでこんなにイバってるの?」


欧米と結んでしまった不平等条約の見直しを求める遣米欧使節団に加わるかたちで、8歳にしてアメリカに渡った梅子さんは、チャールズ&アデラインのランマン夫妻の家にホームステイしました。チャールズさんは、日本弁務館(のちの日本公使館)で書記官を務めていた人です。
アデラインさんは、大袈裟でなく、梅子さんを「娘」としてかわいがったようです。教育を受けさせたのはもちろんですが、国内旅行にも頻繁に連れて行き、梅子さんにアメリカの文化をたっぷりと吸収させました。梅子さんが帰国する段になると日本では手に入らないだろうと、数百冊の参考書やピアノを買って船便に積んでくれました。そればかりではありません。梅子さんが子どものころに書いた作文など書付の類いをすべてとっておいてくれて、別れ際に、きれいに束ねて梅子さんに贈ったのです。泣かせますね。

さて、横浜港では梅子さんの「日本の家族」が待ち受けていました。麻布の自宅に着いて、まず父の仙(せん)から叱られたことは、「梅子、靴を脱ぎなさい!」。言葉による意思疎通ができない娘を嘆く母の初子(はつこ)を励まそうとハグすると、それまた親から驚かれる始末。家族もそうでしょうが、梅子さんにしてみたってカルチャー・ショックの連続です。親元に帰って来たことを後悔さえします。
そんな慣れない日本での日々を送る梅子さんは、自分が感じている違和感の正体を突き止めます。食事でも、お風呂でも、なんでもかんでも、父親、長男(および男兄弟)が優先され、なぜか家のすみっこで申し訳なさそうにしている女性たちの姿……。
つまり、「家父長制」という習慣が梅子さんにとって奇異に映っているのだとわかったのです。なにせ、二十歳になろうという娘に、父は財布を持つことさえ許さなかったというのですから、梅子さんにとって、アメリカよりも日本という国を遠く感じたであろうことは、想像に難くありません。
 

(2)五千円札の人にチャンスをくれた千円札の人


梅子さんにとってのストレスは、いばり散らす父(男)の存在ばかりではありませんでした。女性たちが男性の言いなりになっているばかりか、そのことに疑問すら抱いていない様子も、梅子さんの違和感に拍車をかけたのです。

とはいえ、当時、海外留学経験のある女性たちが、みんな梅子さんのような考えを持っていたかといえば、そうでもなさそうです。
国費留学をしたのは、梅子さんをふくめて計5人の少女たちでした。梅子さん以外の留学生たちは帰国すると、次々と結婚を決めました。梅子さんはそのことにも歯がゆさを覚えていたようです。つまり、「せっかく留学経験があるのだから、それを活かした仕事に就きたい」「私は結婚したいわけじゃない。仕事がしたい」というわけです。同じく留学経験のある男性たちは、ばんばん活躍しています。そのことも梅子さんのくさくさした心を刺激しました。

そんな梅子さんにチャンスが訪れます。外務卿(現在の外務大臣)の公邸で開かれた夜会に招かれ、その席で、アメリカ留学したときに加わった遣米欧使節団の副団長と再会したのです。それは、誰もが知る日本の偉人でした。初代の内閣総理大臣である伊藤博文です。
彼は、政府高官の妻たちをターゲットにした塾の経営者を紹介してくれました。夜会で、海外留学経験を活かしきれず、力をもてあましている梅子さんの近況を見て、もったいないと思ったのでしょう。その塾に先生として勤めることになった梅子さんは、アメリカで漠然と抱いていた、「勉強を教えてみたい。そのための塾を開きたい」という思いを再燃させることになります。
ちなみに伊藤博文は、1963(昭和38年)―1976年(昭和51年)に使われていた千円札の肖像画のモデルとなっています。


(3)アメリカで築いた人脈が活きる、活きる


さすが総理大臣です。その後も、伊藤博文は、梅子さんの人生に影響を与えます。「華族女学校」の英語教師にも推薦してくれたのです。この学校は、現在の「学習院女子中学・高校」の前身にあたります。
しかし、職場を得た梅子さんを失望させたのは、生徒たちの態度でした。温室育ちのご令嬢たちは、茶話会を開いて思っていることを聞き出そうにも自分の意見を言いませんし、授業中、梅子さんが少しでも大きな声で注意をしようものなら、首をすくめて黙りこんでしまうという有様でした。要は、女性が人前で自分の意見を発言する文化そのものがないのです。
そこで梅子さんが考えた荒療治が、「だったら、教師陣に、人前で意見を言うのが当たり前の国の人を増やせば良い」というものでした。留学5人組のうちの1人を世話した一家の末娘に声をかけると、二つ返事でアメリカから日本に来てくれることになりました。
教育者の道を突き進むことに決めた梅子さんに、妥協はありません。教育を専門的に学ばなくては、と再びアメリカに留学したのです。そして帰国すると、留学中に知り合った人脈を使って、また別の外国人教師を日本に招いて……。もはや、梅子さんの力量は、「雇われている教師」でおさまるスケールをはるかに超えていました。そして、ついに、自らの学校である「女子英学塾」を開校したのです。これが津田塾大学の前身です。
 

お札に描かれる偉人たち


2024年にデザインが一新される紙幣には、梅子さんのほか、一万円札には実業家の渋沢栄一が、千円札には細菌学者の北里柴三郎が描かれます。彼ら3人に共通しているのは、己の力を信じ、己のやりたい道を見つけ、それを貫いたことで、それぞれの分野の開拓者となった点にあります。かなり我を通した、癖の強い生き方をしたからこそ、混乱の時代を切り拓くことができたとも言えます。

“女性差別上等”のニッポンに腰を抜かした、元祖帰国子女って⁉<br />_img1
 

彼ら3人の足跡をイッキ読みできる、『お札に描かれる偉人たち 渋沢栄一・津田梅子・北里柴三郎』(楠木誠一郎・著/講談社)という書籍が刊行されました。
不思議なことですが、自国のお札に描かれる偉人の生涯について、多くの日本の学校では、くわしく教えてはくれません。この本は、教科書には載っていない彼らの人生の足跡をダイジェストで知ることのできる一冊と言えます。

さて、梅子さんが日本に帰ってきたのは数えで19歳のとき。人生の半分以上を海外で過ごした梅子さんの目に、母国は、「理由もなく男がいばりくさって、女性をこき使っている、変なしきたりのある国」と映りました。当時、梅子さんが感じた違和感は、それから140年弱経った今、なくなったと言えるでしょうか? 現職の厚生労働大臣が、「女性は産む機械」と発言したのが2007年のこと。それからさらに10年以上経ちましたが……。
「お子さんやお孫さんにぜひ、子どもを最低3人くらい産むようにお願いしてもらいたい」(桜田義孝・元五輪相)
この発言、ついこの間、2019年5月になされたものです。後から発言を撤回しようが、しまいが、これって彼らの本音なんですよね。そして、こうした失言が続くところをみると、政府の本音であり、方針なのかもしれません。

梅子さんが残した津田塾大学の公式HPを開きますと、キャンパスを闊歩する学生たちの画像とともに、こんなメッセージが飛び込んできます。
〈変革を担う、女性であること〉――。
残念ながら、根深い女性差別の構造が、昨日今日で消滅することはありえないでしょう。だからこそ、女性が、人前でものを言えることを当たり前にしてくれた梅子さんの足跡に触れて、ますます物申す力をたくわえるしか、〈変革〉の道はないように思うのです。
(了)


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『お札に描かれる偉人たち 渋沢栄一・津田梅子・北里柴三郎
楠木 誠一郎 著 講談社 


2024年(令和6年)、1万円札、5千円札、千円札の「顔」が変わります!
今度のお札に描かれる偉人たちの名前、知っていますか? そして、日本のいつの時代、何をした人たちなのか知っていますか?
この一冊で、渋沢栄一(実業家)、津田梅子(教育者)、北里柴三郎(細菌学者)が、どのような時代を生き、どのような足跡を残し、それが今日の日本の発展にとって、どのようなつながりがあるのか、そのすべてがわかります!

文/片寄太一郎(講談社)