日本の食事は世界でもっとも美味しいといわれてきましたが、近年、その常識は、大きく変わりつつあります。グローバル化の進展で世界における「味」の統一化が進み、どこの国に行っても、お店を選べば同じレベルの食事にありつける時代となっています。
昭和の時代までは、国によって食事の水準は大きく違っていました。「食」に関する話題は本人の味覚という主観が入りますから、客観的な議論が難しいのですが、それでも30年前の米国は、お世辞にも食事が美味しいといえる国ではありませんでした。
当時の米国では、大都市の洗練されたお店でもない限り、ディナーといえば、大味のステーキに、山盛りで食べ切れない量のサラダが出てくるというパターンでしたが、今では、多くの店が、量を抑えたフュージョン・スタイルの料理を出すようになっています。
これは万国共通の現象となっており、アジアや欧州においても状況は同じです。
今、アジア各国は、美味しいコーヒーを出すおしゃれなカフェが乱立する状況となっていますが、30年前のアジア各国にこうしたお店はほとんどなく、街中でちょっと時間をつぶす手段すらありませんでした。現地の人が集う店はあるのですが、仕事で訪れている時には、こうしたお店には入りづらいものです。
筆者は欧州の現地事情にはあまり詳しくありませんが、知人のシェフによると、フランスでも古典的なコテコテのフレンチを出すお店は絶滅危惧種だそうですし、米国と同様、食事がマズいというイメージのあった英国も今は見違えるような状況と聞きます。
料理の味付けや出し方が世界で統一されてきたのは、間違いなくグローバル化とIT化の影響です。
アジア各国はここ20年で著しい経済成長を遂げ、中間層以上の人たちであれば、ちょっと奮発すれば先進国と同レベルのサービスを楽しめるようになってきました。LCC(格安航空会社)の普及によって、人の移動が想像を超えるレベルで活発になっており、各国は、自国にやってきた多種多様な外国人に食事を提供する必要に迫られています。
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