生産力や行動に価値を置きすぎない


「人間力」の大切さは重々わかっているつもり……なのに、筆者だけかもしれませんが、子どもが「ぼーっ」としていると、不安に思ってしまう自分もいます。
その瞬間、子どもなりに自分自身と対話をしているのだと思うのです。それこそ、ぼーっとしながら答えのない問いに立ち向かっているのかもしれません。それなのに、「ぼーっとしてないで公式の一つも覚えてくれないかな……」などと急かしてしまいたくなるのです。

岸見先生はそんな実学・結果重視の傾向にも警鐘を鳴らします。

「今の世の中は、結果や行動に価値を置きすぎます。スロースターターや大器晩成の人がいてもいいと思うのです。そういう人は今の世の中、とても生きにくいです。就職活動の時、誰もがリクルートスーツに身を固めて、『ワードも使えます、エクセルも使えます』などと、自分を取り替え可能な即戦力のある人材として売り出そうとします。私はそういう人になってはいけないと思うのです」

「すぐ身につく」「即、役立つ」ことばかりに飛びついた結果、得たスキルのどれもが他の人と置き換え可能なものと思うと、背筋がぞーっとしてします。それこそ、ワードやエクセルのスキルはAIに取って代わられてしまってもおかしくないですよね。

 

岸見先生はひとつの例として戦前に活躍した数学者、岡潔先生のこんな話を挙げていました。

 

ある夏、岡先生は北海道の大学に招かれ、応接室で数学の問題を考えていました。他の先生がその様子をこっそりのぞきに行くと、岡先生は応接室でずっと寝ている。そうして何週間か経ち、いよいよ北海道から去る日。朝ごはんを食べてそのままぼーっとしていたら、岡先生はひと夏考えていた数学の問題が解けたそうです。

岸見先生は子どもの親から、「今うちの子は受験前の大切な時期なので、心がぶれるような哲学のことは話さないでください」と言われたことがあるそうです。
そもそもそんなことで頓挫するような受験勉強は間違っているし、パソコンのスキルや公式を覚えるより、ぼーっとしながら答えのない問いを考えることが、子どもの精神を形作るのかもしれない……。そんなことを岸見先生から学んだ一冊でした。

その他にも「友だちとはなんですか?」「“ありのままの自分”を受け入れることができません」といった高校生からの鋭い質問と、それに対する岸見先生の熱い名回答ばかりが並ぶ本書。ぜひ年末年始のお休みに手にとってみてはいかがでしょうか。
 

 

『哲学人生問答 17歳の特別教室』
著者:岸見一郎(講談社/税別1300円)
 

学校では教えてくれない本物の知恵を伝える「17歳の特別教室」シリーズ第4弾。「ありのままの自分を受け入れられません」「嫌いな人との付き合いが避けられない時、どうしたらいいでしょうか」など、現役高校生がアドラー心理学で知られる哲学者、岸見一郎先生に本気の質問をぶつけます。
「17歳の特別教室」と銘打ったシリーズですが、大人も子供も目を開かれること必至。一気に読めてしまうほど優しく平易でいて、心にずっと残る言葉がたくさん詰まっています。

 

構成/小泉なつみ

 

第一回「「どうすれば幸せになれるの?」高校生の魂の質問に哲学者の回答は?」はこちら>>
第二回「「稼げる仕事VS好きな仕事」。高校生の問いに哲学者が出した答えとは」はこちら>>

 
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