安定的な公務員の代表格である警察官をいきなり辞め、漫画家へと転身した泰三子さんが描く、モーニングの大人気連載『ハコヅメ〜交番女子の逆襲〜』。先日、漫画大好き芸人として知られるケンドーコバヤシさんが司会を務めるCS漫画専門番組『漫道コバヤシ』で、この漫画が「漫道コバヤシ漫画大賞2019」のグランプリを受賞。ますます勢いを増しています。
毎話、必ずどこかに笑いがぶっこまれている『ハコヅメ 〜交番女子の逆襲〜』。私は発売当日に単行本を買い、「モーニング」で既に一回読んでいるにも関わらず、我慢できなくて地下鉄の中で読み出し、「ブッ」と吹き出して恥ずかしい思いをしたことが何度かあります。そうなるとわかっていてやめられないほどに、この漫画に完全に当てられています。
この漫画の底知れぬ力を強く感じるのは、シリアスな事件や事故のエピソード回です。例えば「トラウマ」という話では、交通事故の処理にも慣れてきた新人女性警察官の川合が、初めて死亡事故に立ち会います。交差点に置かれた障害物は、車外に投げ出されて後続車にひかれた赤ちゃんをくるんだタオルケット。この日以降、川合の目に赤ちゃんの痛ましい姿が焼き付いて離れなくなってしまいました。
警察官なら誰もが経験することだとわかっていても、「なんで私は何もできなかったんだろう」と自分を責め、チャイルドシート着用義務違反を犯してゴネる女性にきつくあたってしまう川合。普段はからかってばかりいるペア長の藤部長や、交通課の強面・宮原部長はそんな川合を適度な距離感で見守り、彼らなりの方法で川合の背中を温かく押してくれます。
この「トラウマ」というエピソードは、チャイルドシート着用の重要性を広く知ってもらうためにSNS上で特別に無料公開され、ネット上でも話題を集めました。
一方、「トイレ、ダメ、ゼッタイ」という回のテーマは覚醒剤。覚醒剤使用の前歴がある男性が彼女連れでラブホテル街を歩いていたところ、男性がやたらと汗をかき、使用者独特の“シャブ臭”をプンプンさせていたことから源部長が署への任意同行をかけます。尿検査で覚醒剤の使用を確認するために、「小便出して潔白を証明してよ」と迫る源部長と藤部長。交際3ヶ月の彼女にも任意での尿検査を求めます。
覚醒剤の使用を認めたくない男性と、「彼はそんなことをしていないはず」と信じる彼女と、なんとか尿検査に持ち込もうとする源部長たちの攻防の末、男性にボロが出て、観念して使用を認めます。
男性が彼女の尿検査も頑なに阻止しようとしていたのは、女性本人の知らないところで彼女に対して覚醒剤を使っていたから。「自分や彼氏が覚醒剤なんてとんでもない!」と思っていても、気づかないうちに薬物使用に引き込まれていることもあるところが妙にリアルでゾッとさせられます。
基本的に一話完結ではあるのですが、去年9月頃から、「モーニング」で藤部長と源部長の同期である女性警察官・桜に関する「同期の桜」編が始まり、2020年10号で堂々の完結を迎えました。藤部長が交番勤務に異動した本当の理由や、赴任時に抱えていた段ボールの中身、警察学校を卒業した桜の現在、新人女性警察官をただ見守るだけの通称「守護天使」の存在など、さまざまな謎の点が少しずつつながっていきます。能天気に笑いながら読んでいた以前のエピソードも、もう一度読んでみると「そういうことだったの?」と急に謎めいて見えてきます。私もつい気になって、単行本を読み返してみたのですが、今度は伏線のちりばめ方、ストーリー展開のあまりの巧みさゆえ、「泰三子さんって本当にこの作品が初連載の新人漫画家さんなんだろうか?」と、そのこと自体が大きな謎のように思えてきました。
コメディ、シリアス、ミステリー、人情など、さまざまな要素がごった煮のように詰まっていて、読むたびにいろんな感情を揺さぶられる『ハコヅメ 〜交番女子の逆襲〜』。安易に登場人物同士の恋愛に発展しないところもいいのです。
今回は、認知症や老々介護の問題を描きそのリアルさが胸を突く最新刊11巻に収録されている第92話「あきらめの一線」を無料公開いたします。
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『ハコヅメ~交番女子の逆襲~(11)』
著者 泰三子 講談社
ホワイトカラーにしてブルーカラー。
労働基準法は適用外!
安定収入に惹かれてたまたま警察官になった川合と、超美人で刑事課のエースだったのに、パワハラによる異動で交番勤務になった藤部長。交番(=ハコ)勤務女子二人を中心に繰り広げられる、やけにリアルで抱腹絶倒の警察お仕事漫画。
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