「書籍PR」という聞きなれない職業で第一人者と呼ばれ、『進む、書籍PR!』という本を出版した奥村知花さん。2015年にパブリシティを手がけた『ワンダー』が翻訳児童書にしては異例の20万部を突破。同年に出版された、子供を10分で寝かしつけられる絵本『おやすみ、ロジャー』はシリーズ累計100万部を記録するベストセラーに。出版不況で本が売れないと言われるこの時代に、しかも児童書というジャンルで次々とヒットを飛ばしている奥村さんに、ヒットにつながる仕事術をインタビュー。

 

奥村知花さん 本しゃべりすと/書籍PR
1973年、東京生まれ。総合アパレル商社、レストラン勤務を経て、2003年より書籍専門のフリーランス広報として独立。以後、新刊書籍のパブリシティ活動のほか、「本しゃべりすと」という独自の肩書きのもと、雑誌の特集記事や書評エッセイの連載執筆、ラジオ番組などでの書籍紹介を担当している。

 


専業主婦から書籍PRの道へ


そもそも、書籍PRとはどんな仕事なのでしょう。

奥村さん(以下、敬称略):厳密に言うと、PRではなく「パブリシスト」が正しい呼び方になると思います。出版社から依頼を受けた書籍の売り上げを伸ばすために、発売から3ヶ月間、TVやラジオ、雑誌などのあらゆる媒体で取り上げてもらえるように紹介してまわる、というのが主な業務内容。「読者と本の出会い」の窓口を増やすために売り込むのが私の仕事です。

幼い頃から1日1冊のペースで本を読む読書好きで、自宅の蔵書は4千冊以上。そんな本の虫だった奥村さんにとって、書籍PRの仕事はまさに天職。好きなことを仕事にするー。何ともうらやましいことに思えるけれど、結婚してから専業主婦だった奥村さんが27歳で元夫に離婚を宣言されてバツイチになるまでは、考えてもみなかった道だったといいます。

奥村:離婚のショックで栄養失調とPTSDで入院していた頃、求人情報誌「とらば〜ゆ」でみつけたのが、その当時よく通っていたブラッスリー・カフェ、「オー・バカナル」を経営する会社の広報職の募集記事でした。運良くその職に就き、その後お世話になっていた出版プロデューサーから誘われて、本当に流されるままに「書籍PR」に転身することになったんです。

このとき、奥村さん30歳。全く未知のジャンルへの挑戦がスタート。そこから16年。奥村さんが書籍PRの仕事で成功するために心がけていたことが4つあります。


フットワークは軽く、チャンスは逃さない


奥村:フットワークはいつでも軽くして、新しいことでも挑戦してみた方がいい。それがチャンスかどうかなんて、そのときはわからないですもの。やってみて失敗したらしたで教訓になるし、一回の失敗くらいでは、誰も責めたりしないはず。その失敗が身になって、人生の経験値になって行くと思うんです。

この「フットワークを軽くしておく」は、経営者である奥村さんの父親から学んだこと。「何かあったときに駆けつけられるよう、会社から車で20分以上のところには住まないというのが父の教えでした」と奥村さん。初めて書籍PRの仕事に誘われたときも、「今から15分で事務所に来られますか?」という電話に応じて、飛んで行ったのがきっかけだったそう。飛び込んできたチャンスを掴んできたからこそ、今の私があります。

ゲラは3回読み込んで、売り込みやすい作品しか担当しない


奥村:パブリシティというのは、結果を約束できない性質の仕事です。私が受けたからと言って、「必ずどこそこの番組で紹介してもらえる」とか、「絶対に売れます」などと確約は出来ない。だからこそ、仕事の依頼が来たら、まずはゲラを3回は読んでみる。そして、「もし私がメディアのスタッフだったらこの本を紹介したいと思うか?」という視点から、その本がパブリシティに向いているかどうかを考えるんです。向いているかどうかは、端的に言うと、雑誌や新聞、テレビなどが紹介したくなるような要因があるかどうか。具体的には3つの要素をチェックします。

① 書籍自体にメディアで紹介できるような「フック」があるかどうか:
話題になりやすいテーマや著者、そのときに皆が関心のあるような時事ネタ・トレンドに関係しているものであればテレビや雑誌などで取り上げてもらえる可能性は当然高まります。

② その本を紹介する「旬」のタイミングに合っているかどうか:
「この本をなぜ今紹介するのか?」という必然性も重要です。例えば掃除の本なら、年末の大掃除の時期に合わせて紹介できれば、その時期に各媒体が掃除の特集を組むので、取り上げてもらえる可能性が高いですよね。スケジュールをそこから逆算すると、8月中には依頼を受けて、9月にはPRチーム作成。→アイデアを練ってメディアに露出し始めるのは11月、というようなスケジュールが望ましいです。逆にどんないい内容でも、この「旬」を外してしまうと、パブリシティの場をみつけるのは難しくなります。

他に頼りにしているのは、毎日何かしらの記念日が書かれている、記念日手帳というもの。本の場合、仕事の依頼を受けてからだいたい3ヶ月後に本が出版されるのですが、その時期に本のテーマにあった記念日があれば、そこからパブリシティのヒントが生まれることも多々あります。実例で言えば、大ヒットとなった寝かしつけ本『おやすみ、ロジャー』は、「睡眠の日」というのが秋と春、年に2回あったため、3月の春の睡眠の日に、PRのいちばんの盛り上がりが来るように照準を合わせたことも、パブリシティ成功の要因となりました。

➂ 著者、もしくは著者に代わる著名人のメディア出演が可能かどうか:
仮に著者が有名人だとしても、ご本人がPR活動に積極的に協力してくださらないと書籍の紹介には繋がりにくい。

駆け出しの頃の私が、初めて担当した著名人の書籍は、華道家の仮屋崎省吾さんの『仮屋崎省吾自叙伝 花を愛した男』という作品でした。仮屋崎さん初の半自叙伝となるこの本は、仮屋崎さんがここまで世間に名が知られるようになる直前に出版されたのですが、実は、本が爆発的に売れる要因のひとつに、その著者がこれから爆発的にブレイクするであろう直前、というタイミングがあります。

不思議なことに、著者のそのときの勢いやエネルギーのようなものが、本が世に出ることをきっかけに一気にスパークする。その相乗効果で本が売れるし、著者の知名度がさらに急上昇するんですね。

本を書いたのがたとえ著名人でなくとも、やはりその本については書いたご本人が語ることがいちばんの説得力になるので、最初の打ち合わせでは必ず、著者、もしくは本に関わる著名人が取材にご協力してくださるかを確認します。

以上の3つのポイントに引っかからなければ、最終的にメディアにご紹介できずにお取引先をがっかりさせてしまうことになるので、依頼が来ても、残念ながらお引き受けできないことが多いんです。

ちなみに奥村さんは月に平均5〜6冊以上のゲラ刷りを、3度は読み返すそう。いくら読書家だとしても、自分の趣味で読むものとは別立てに、書籍のもととなる原稿を述べ20冊分近くも読むのは大変な作業に違いありません。

奥村:この仕事に就いてからは、純粋に楽しみたい本を読む時間は減りましたね。時間が出来たら読みたいな〜という、〝積ん読本〟ばかりが増えて行く一方です(笑)。

 
  • 1
  • 2