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パラグライダー中に国境を超えて北朝鮮国内に不時着した韓国の財閥令嬢ユン・セリ(ソン・イェジン)と、国境地帯の警備に当たる北朝鮮の軍人リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)の恋を描いた『愛の不時着』。「んなバカな」と思いながらなんとなーく見始めて、一気見してしまった!という人も多かったのでは? 今回はそのロスを埋めるべく、誌上プレイバック。
【北朝鮮パート】を紹介した前回に続き、今回は不時着した北朝鮮からセリがなんとか帰国し、それを追ってジョンヒョクも国境を越える【韓国パート】の見どころをたっぷりご紹介します。
前回記事「ハマる人続出の『愛の不時着』の魅力と新しいジェンダー観」はこちら>>
“不便さ”が盛り上げる二人の恋
このドラマで最も「上手いなあ」と思ったのは、舞台を北朝鮮、ことにピョンヤンみたいな大都会でなく、色々不便な国境の町に設定したことです。どういうことかというと。
【北朝鮮ならでは・その1】携帯電話を誰もが持ってはいない。
現代が恋愛ドラマに不向きと言われるのは、あまりに便利すぎるから。その最たるものが携帯電話ですが、「不時着地」にはありません。例えば2話。ジョンヒョクがピョンヤンに出張中に、彼を陥れんとする政敵が抜き打ちの宿泊検閲(自宅のガサ入れ)をすることに。でもセリに「隠れろ」と伝えることができず、ジョンヒョクはピョンヤンから猛スピードで家に帰ることに。連絡が取れず心配、相手の声が聞きたい――携帯がないあの頃は、そうやったそうやった、会いに行くことに必死だったんだわ……と、アラフォー以上の人は甘酸っぱくも思い出したに違いありません。
【北朝鮮ならでは・その2】電力供給が不安定で停電が日常茶飯事
つまりセリを、もしくはふたりを、不意に、理由なく、ちょいちょい暗闇に放り込むことができるんですね。2話では、家に1人きりのセリが初めての停電にあい、不安で怖くて、帰宅したジョンヒョクを見て大泣きします。5話のピョンヤンに行く電車が電気不足で草原の真ん中で停車、翌朝にならないと動き出さないってことで、焚き火しながら夜明かしすることに。実際遭ったら「マジ勘弁してくれめんどくさ!」とか思うんでしょうが、ドラマだとあら不思議、なんてロマンチックなんでしょうか。
そしてこの設定は、後半の【韓国パート】で、さらに素晴らしい面白さを生みます。ジョンヒョクとセリの立場が逆転し、あらゆるエピソードが反転するんですね。つまり北ではジョンヒョクが、南ではセリが、不慣れな相手の面倒を見て、相手を守り、生死の境をさまようことになります。そうそう、北朝鮮のジョンヒョクの部屋の本棚で、本の背表紙を使ってセリが作った「ア・イ・シ・テ・ル」のサイン。かすかに目をうるませるヒョンビンの演技が見事だったあの場面も、韓国ではジョンヒョクがやってくれていましたね。私なら絶対に気づかないだろうけども。
ブランド店に連れて行って「着せ替え」萌えシーンは男女逆パターン
「韓ドラあるある」では御曹司→貧乏女性パターンが多い、ブランド店に連れて行って試着で「着せ替え」は、セリ→ジョンヒョクでやっていました。でも北でも南でも、家事をやるのはジョンヒョクというのが、日本のあらゆる女性たち――キャリアから主婦までを魅了したのは言うまでもありません。
にしても「韓ドラあるある」やドラマのパロディ――特に「冬ソナ」の!――が多いこのドラマ。さらにジョンヒョクの部下の韓国ドラマファンがチェ・ジウが大好きで、ラスト近くにご本人が登場したりして、古くからの韓流ファンへの目配せも効いています。やってることはすごく「ベタ」なのですが、「ベタ」を「ベタ」のままやるだけでなく、「メタ」の視線を作っている、「ベタベタ」じゃなく「ベタメタ」ってところが、このドラマのクレバーなところ。何言ってんだかよくわかりませんね、簡単に言うと面白いってことです。
とはいえ、主役はその作品の輝きと存在感を象徴するのみで、真の面白さを支えるのは、魅力あふれる脇役たちです。このドラマではジョンヒョクを連れ戻すべく韓国に来た4人の部下と、盗聴の専門家、通称「耳」が、北で南で大活躍。セリの行動の意味がよく分からずジョンヒョクが部下に相談して毎回「しったか」を吹き込まれる「北朝鮮パート」、ジョンヒョクを連れ帰るという重要任務をそっちのけで、サウナとかチメク(チキンとメクチュ、つまりビール)とかを楽しんじゃってる「韓国パート」など、ことごとく面白い。ソウルっ子を装いながら、北の方言とダサいファッションとズレッズレの銭感覚でバレバレなのも笑っちゃいます。
そして、もうひとつのラブライン、ジョンヒョクの婚約者であるソ・ダンと、セリの知人の詐欺師まがいのク・スンジュンの恋も、すごーくいい。『トッケビ』『太陽の末裔』など、本筋以上にサイドのラブラインが面白かったおかげで、超大ヒット作になったドラマはたくさんあります。『愛の不時着』はもちろん本筋も面白いのですが、チャラッチャラなセレブ男スンジュンが次第に本気になっていく様、お硬い超高飛車お嬢様ダンが次第に心をひらいていく様がまたいい。そしてこの恋の行方が……思い出しただけでこみ上げます!
さてこの恋がどうなるのか。もちろんシリーズを完走した人はご存知だし、見てなくたって「ハッピーエンドなんでしょ」って話なんですが、こと話が南北だけに、それなりの納得感を創るのは意外と難しい。あんまり強引なハッピーエンドにしちゃうとシラけてしまうものです。でも「名作」と呼ばれる韓国ドラマは、このへんのさじ加減がめちゃくちゃうまい。よう考えたら『わたしの名前はキム・サムスン』や『シークレット・ガーデン』といった、ヒョンビンの過去作はみんなそうで、こんなカッコいい上にクレバーなのかよ!なんて思ったりもします。
『愛の不時着』のラストに響いてくるのは、「セリがどこにいても、ジョンヒョクが探し出す」という全編で繰り返されてきた展開です。たとえば4話では迷子になった街灯のない夕暮れの暗い市場で、8話では連れ去られた招待所で、10話では「江南区清潭洞に住んでいる」としか聞いていなかったにもかかわらず広いソウルの街で、ジョンヒョクは必ずセリを見つけ出します。
毎回、エンドロールの手前で、物語の本筋からはみ出した「小ネタ」がついているのも楽しい。こういうパターンを私が初めて見たのは『星から見たあなた』あたりでしょうか。オンラインゲームにハマっているジョンヒョクとか、韓国では待たせる男はことごとく振っていた高飛車セリが、北朝鮮ではジョンヒョクを待って深酒とか、ここで描かれるネタが本筋の「前フリ」や「回収」になっています。でもってそのほぼ半分くらいを使って描かれるのが「二人の恋は運命だった」と思えるエピソードです。
でもって、あのラスト。5話でかわされた会話――時には間違った列車に乗って、目的地につくこともある――は、パラグライダーで不時着したセリがたどり着いた運命の恋を示しています。この独特のハッピーエンドが、特に働く女性たちの心に刺さりまくったのも、納得ですよね。
mi-molletで人気があったため再掲載しております。
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