〔ミモレ編集室〕には、第一期、第二期の3ヶ月タームごとに取り組む課題があります。

4月からスタートした第一期の課題は、【雑誌研究】でした。

大好きな雑誌を一冊取り上げ、
なぜその雑誌が自分の心を掴んで離さないのか、
何が心に響いているのかを深掘りし、
その雑誌の魅力について、
ミモレ読者にも伝わるように原稿に書いてみる、
という内容です。

中でも特に素晴らしかった原稿をこちらでご紹介させて頂きたいと思います。

〔ミモレ編集室〕2期生募集は7月31日まで! 詳細はこちらから>>

『ヴァンテーヌ』にみる、雑誌の物語性


忘れられない物語は、ありますか?

赤毛のアン、アルケミスト、銀河鉄道の夜、人魚姫。わたしにとって雑誌『ヴァンテーヌ』は、そんな「忘れられない物語」たちに似ています。

いい物語には、作者の価値観や美意識、思想が作りあげた魅力的な世界観があります。いい物語には、読者が自分の頭で考え、想像し、自分のものにするための余白が残されています。そしていい物語は、生きています。

物語は身体にしみこんで、他のものと混ざって発酵して、わたしという人間に効いてきます。それはもう、漢方のように温泉のように、ジワジワと。そうして物語の世界をはなれてからも、読者のなかで物語はつづくのです。

たとえば、そう。『ヴァンテーヌ』とわたしに、こんな「物語のつづき」があったように。

『ヴァンテーヌ 1992年10月号』(ハースト婦人画報社刊)


『ヴァンテーヌ』と、わたしと、指輪の物語

わたしが二十代のころ、指輪といえば「彼氏からの貢ぎもの」でした。人気のジュエリーブランドの新作を買ってもらって、無邪気にはめていたあのころ。いまふりかえれば、微笑ましい光景だったのかもしれません。と同時に、あのまま年を重ねていたら、きっとわたしにとって指輪は、もっというとファッションは、「消費されるだけ」のものだった気がします。

自分が好きかどうかより、みんなに自慢できるかどうか?人気のブランドのものかどうか?「彼氏」がかわると、いままでの指輪は忘れ去られ、トレンドがかわると別の指輪がほしくなる。それってどうなんだろう?という疑問は、あのころはみじんも感じていませんでした。

そんなある日のこと。パラパラとめくっていた雑誌で、イタリア人の同世代の女性たちのスナップが、目にとまりました。身につけているジュエリーは、代々家族につたわっているものだったり、誕生日のたびに家族がひとつずつ贈ってくれたチャームをつなげたものだったり。

消費しておしまいではなく、時間をかけて、大切にしていく、育てていく。それまでわたしがもちあわせていた価値観とは、あきらかにちがう価値観に、胸がドキンと鳴りました。

以来『ヴァンテーヌ』は、わたしのおしゃれのバイブルになりました。

わたしは、さっそく行動にでます。が、わが家はヨーロッパの貴族でもないし、センス溢れるデザイナーの母をもつわけでもありません。それでも、なんでもいいから「家族から贈られたジュエリー」なるものがほしい!

鼻息あらく母を口説いた末、なんとか譲ってもらったのが、このサンゴの指輪です。まずは、毎日お守りのようにはめる、と決めました。

 

それから数年後、わたしはこの指輪をはめて、ミラノにいきました。ちょうど任された仕事と自分の力量のギャップに、自信をなくしかけていた頃です。

小さなジュエリーショップのショーウィンドウで、六芒星(ろくぼうせい)のネックレスに目を惹きつけられました。色といい形といい、このサンゴの指輪にぴったりです。思いきってドアを開け、手にとってみせてもらうと、六芒星は魔除けの印なのだ、と店員さんが教えてくれました。

ボーナスをはたいて買ったこのネックレスとサンゴの指輪は、二十代から三十代にかけてがむしゃらに働いたわたしの、お守りジュエリーとなったのでした。

 

歳月はながれ……、数年前のことです。わたしは、ふたたびミラノを訪れる機会がありました。ドナテラ・ペリーニのお店で、さんざん悩んだ末わたしが選んだのは、ボリュームのある三連のネックレスです。店員さんに首のうしろで留めてもらうと、わたしは鏡をのぞきこみました。鏡のなかで目のあった店員さんがにっこり笑っていいました。

「サンゴの指輪にも、お客さまのイメージにもぴったりです」

似合わないものを手にとるたび、率直に首を横にふりつづけてくれた店員さんが、ついに満足気にうなずいてくれたのです。

 

鏡の中には、サンゴの指輪と貫禄たっぷりのネックレスがしっくり馴染んだ、もうすぐ五十代になろうとしているわたしの顔がありました。あのころみたいに若くはないけれど、まぁ悪くない顔つきです。

その瞬間、わたしはうれしくなりました。母からもらったサンゴの指輪が、やっと自分のものになった気がしたのです。

時間をかけて、おしゃれを育てていく。

大げさなようですが、『ヴァンテーヌ』で出会ったその価値観が、四半世紀をへてようやく、血となり肉となったのかな?とおもえた瞬間だったのでした。

日本をはなれヨーロッパの片すみで暮らすいまも、『ヴァンテーヌ』と、わたしと指輪の物語は、まだまだ現在進行形でつづいております♪ 

みなさんには、どんな「物語のつづき」がありますか?

 

えこさん

スイス・ジュネーブに住んでます♪ 好きなのは旅すること、本を読むこと、文章を書くこと、犬と遊ぶこと、花とたわむれること。それからステキだなぁとおもう人を観察するのが大好きです。そうか、、だからミモレが好きなのかも!


〔ミモレ編集室〕2期生募集は7月31日まで! 詳細はこちらから>>