今年、芸歴50年、そして68歳を迎えた小柳ルミ子さん。今では当たり前となった歌いながら踊るというパフォーマンス、歌手と女優を両立するなど、常に時代の先駆者でもありました。
そんな小柳さんに50年の芸能生活の転機を振り返ってもらうインタビュー。今回は小柳さんがもう一つ、プライベートでも時代に先駆けて実現させた “年の差&格差婚”について伺いました。バッシングも受けた離婚まで……今だから語れる思いとは?

【小柳ルミ子芸能生活50年】年の差&格差婚、離婚…自殺したいほどの挫折を乗り越えて_img0
 

小柳ルミ子
1952年7月2日生まれ。福岡県出身。15歳で宝塚音楽学校に入学。首席で卒業後、芸能界入り。1971年に『わたしの城下町』で歌手デビュー、最優秀新人賞を受賞。その後、『瀬戸の花嫁』、『星の砂』、『お久しぶりね』など数えきれないほどのヒット曲を世に送り出し、日本歌謡大賞など多数受賞する。1982年より女優活動をスタート、映画『誘拐報道』で最優秀助演女優賞、83年には主演映画『白蛇抄』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。1989年にバックダンサーだった大澄賢也さんと結婚。2000年に離婚。サッカー知識が深いことから、最近はサッカー解説などでも活躍している。公式ブログはこちら

 

 

13歳年下のバックダンサーと突然の結婚


歌手、女優として大成功をおさめていた小柳ルミ子さんは、36歳のとき、突然結婚を発表します。
そのお相手は何と13歳年下。しかも自身のバックダンサーという、今で言う“格下”の男性。当時は女性がかなり年上という年の差婚や、男性のほうが収入が低くキャリアが浅いという格差婚は全く一般的でなかっただけに、大きな反響を引き起こしました。

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「もう本当にすごかったですね。何しろ13歳年下ですからね。みんな『ルミ子さん、どうしちゃったの⁉狂っちゃったの⁉』という感じでした。でもね、私は年齢差がどうとか、相手の立場がどうとか、そんなことは選ぶ基準に全く関係なかったんです。
ただ同じ目標に向かって、同じ価値観で生きられる人だったから生涯添い遂げいたい、そう思っただけでした。残念ながらこればかりは相手の意思もありますから叶いませんでしたけど、彼とは一緒にいた13年間、素晴らしいステージをいっぱい作ってこられましたし、あのときの私にとって結婚は必要なことだったんです」

お相手である大澄賢也さんと出会ったのは1988年の暮れ。二人はすぐに意気投合して付き合い始め、年末の紅白歌合戦出場時にはもう結婚を決意していたそうです。
そして翌年の1月6日、昭和最後の日に入籍をしたのでした。

「スピード婚だったから、私、母にも知らせてなくて。それで紅白の出場前に電話して、『お母さん、私結婚するから。相手は今から紅白で一緒に踊る人なの』と伝えたもんだから、母は『えっ!えっ!誰ね!?』と大困惑。
でも明るい人でしたから、『13歳年下のダンサーよ』と言うと『あらまあ~、アンタ捨てられるよ』なんて笑って言ってくれて。もう本当にその通りになったんですけど、結婚してからは元旦那のことをすごくかわいがってくれました。
私がお金や地位で相手を選ばなかったのは、そういう世間体に左右されない母の影響もあったと思います」

自分で選んだ結婚、後悔はない


結婚後、小柳さんは夫婦での活動の場を増やしていきます。
その中でも特に注目を集めたのが、1992年から放送された『セイシュンの食卓』(テレビ朝日)。これは小柳さんと大澄さんがセクシーに踊りながら料理をするという、少々突飛ともいえる企画。が、これが「面白い!」と大ヒットしたのです。

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「踊りながらニラを炒めたり、卵を割って料理の上に落としたり、元旦那のお腹の上でパンにバターを塗ったり。とにかく皆さんを楽しませてあげたいと思って、アイディアを振り絞り、油がハネても何食わぬ顔で踊り続け……と頑張りました。
その甲斐もあって、番組は大好評。23時50分からと遅い時間に放送されていたんですけど、『子供が見たがって寝ない』なんてクレームもあったくらい。深夜番組だったにもかかわらず高視聴率をマークしたことで、私たちはテレビ朝日から金一封までいただいたんですよ」

他にも二人でディナーショーを開催したり、舞台に出演したり、様々なステージをパートナーとして作り上げてきたのです。「そういう意味では、あのときお互いに助け合いながら、本当に必要な存在だった」と振り返ります。

「私は何でもやると決めたらとことんやる性格。だから結婚も“とことん”のつもりだったんですけど、こればかりは相手の気持ちもあるもの。お互いが同じ価値観にいなくなったら、どんなに一方が望んでも無理なんですよね。
ただ私の性格上、『人生には全うできないこともあるんだ』ということを受け入れるのに3年もかかってしまいました。初めての人生の挫折といえばそうですね……でもあのとき結婚して良かったと思っているし、全く後悔はしていません」

【写真】美しくチャーミングな懐かしの秘蔵カット
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