『義母と娘のブルース』、NHK大河ドラマ『おんな城主直虎』など多数の話題作に出演し、若手ながら味のある演技で注目を集める実力派俳優・井之脇海さん。12月4日(金)より公開された映画『サイレント・トーキョー』では、佐藤浩市、西島秀俊、石田ゆり子、中村倫也、といったベテラン豪華俳優陣のなかで、平和な日常からいきなりテロに巻き込まれるテレビ局スタッフ・来栖公太役を好演しています。作品から感じた”日常のルーティン”が崩れることの恐怖や、井之脇さんのSNSへの価値観などについて、お話を伺いました。

 

井之脇海
1995年生まれ。神奈川県出身。10歳から俳優活動を始める。12歳で出演した映画『トウキョウソナタ』で複数の賞を受賞。その後『義母と娘のブルース』(TBS)、NHK大河ドラマ『おんな城主直虎』など多数の話題作に出演。現在、主演ドラマ『ハルとアオのお弁当箱』(BSテレビ東京)が放送中。また公開待機映画に『砕け散るところを見せてあげる』など。ドラマでは、2021年1月期『俺の家の話』レギュラー出演が決定している。自身でも映画を撮っており、初めて監督・主演を務めた『3Words「言葉のいらない愛」』はカンヌ映画祭ショートフィルムコーナー部門にて入選を果たした。

 


テロに巻き込まれる心理は
どんなに想像してもしても分かりませんでした


――映画『サイレント・トーキョー』は、ある年のクリスマス、平和な日本でテロが起こったら……?という社会派作品。出演が決まって何を思いましたか?

僕は原作の小説を知らなかったので、オファーをいただいてまず抱いた感想は「豪華なキャストの中に混ぜていただいた」という恐れ多さと「足を引っ張らないように頑張らなきゃ……!」という緊張感でしたね(笑)。その後に本を読ませていただいて。この作品はテロという、僕たちがどこか遠いと感じているものを題材にしたものでしたので、「これは身近に潜んでいる危機なんだ」というリアリティをいかに持たせるか、そこをみなさんと丁寧に作っていかなければいけない作品だなと感じました。

――井之脇さん演じるテレビ局スタッフの来栖公太は、たまたま爆破予告場所の取材に行ったところから、テロに巻き込まれていきます。テロに巻き込まれていく公太のメンタルは、どうイメージされたんですか?

今まで演じてきた役は、僕の知ってる情報や経験の中である程度想像ができたんですが、今回は大規模なテロに、しかも当事者として巻き込まれていく役柄で、なかなか想像が難しくて。事前に「僕が巻き込まれたらどうなんだろう?」とか「僕の大切な人が巻き込まれたらどうなんだろう?」などいろいろ想像して現場に臨んだんですけど、やはり想像だけでは足りなかったというか……。いざ現場に立って他の役者さんと対峙したときに、テロの恐ろしさが実感としてブワーッと押し寄せたんですよ。爆破テロシーンを実際に見たときは「おお~……」と固まってしまって。そういった、現場で受けた印象を大切に演じました。結局、事前に考えてたことは良くも悪くも通じなかったということですね(笑)。

『サイレント・トーキョー』©2020 Silent Tokyo Film Partners

――実際に完成した作品を見られた感想はいかがでしたか?

台本を読んだ時点で、この物語はテロだけを描いているものじゃない、ということを感じたんですね。テロの恐怖と同時に、人が人を思うことの素敵さ、儚さ、そして僕が演じた来栖のパートでいえば「ジャーナリズムとは?」と考えさせられました。「いざテロという危機に対峙したとき、日本は正しい報道ができるのか」についても初めてリアルに考えたというか。「……そこはアナタだったらどう考えますか?」という問題提起を、観た人にも投げかけている作品だと思います。


コロナ禍の状況で無事公開できるという意味


――この作品はテロだけでなく「戦争」というテーマにも触れられていますよね。

僕はもともと物事を多角的に考えるのが好きで。友達とも机上の空論的にあーだこーだーと言うことはあるんですけど、実感を持って戦争やテロの危機を考えたこと、話したことはなかったんです。でも今年は新型コロナウイルスが発生したり、SFの世界だと思っていたことが現実になった。そんな今の状況とこの映画は、リンクするところがたくさんあるのではないかなと思います。今回、栃木県に渋谷駅のスクランブル交差点を完全に再現して、延べ1万人のエキストラの方々と一緒に撮影したんです。それがぎりぎり、新型コロナウイルスの影響が起こる前で。そんな大人数の撮影なんて今ではとてもできないですけれど、奇跡的に撮り終えることができ、しかもこのタイミングで公開できることになった。そう思うと、映画の神様が「今撮りなさい」と撮らせてくれた作品のような気がするんです。今年は公開が延期になる作品が多い中で、この映画は奇跡的に予定通り12月に公開できることになりました。コロナ禍のいまの時期に見ていただけるというのは、この映画はそういう星のもとに生まれたのかな、と思います。だからできるだけ多くの方に見ていただいて、“日常にある脅威”についても考えていただくきっかけになったらな、と思っています。


靴ひもを結ぶ瞬間とか「あぁ平和だな」って

 

――井之脇さんの“日常の平和”と“日常の脅威”についてもお伺いしたいのですが……

あ、フランクなお話のほうですね(笑)。“日常の平和”というと、これは前から思っていることなんですけれど、僕は毎日必ずすることがすごく好きなんです。たとえば靴紐を結ぶとか、歯を磨くとか。ふとした瞬間に「あー、昨日も一昨日もこれをしていたなぁ、平和だなぁ」と思うというか。そういったルーティンの中にいる時間がすごく好きで。それこそテロに遭ったらできなくなるわけじゃないですか。きっと何日も歯を磨けないだろうし、もっといえば自分が死んでしまう可能性だってあるわけですから。そういった当たり前のことができているということが、何よりの幸せだなと思うんですよね。
反対に脅威というと……、くだらない話でもいいですか? 僕の場合、家に友達が来るということが脅威なんです。

――それは突然来られるのが苦手ということですか!?

いや、突然来るのは全然いいんです。ただ、僕はすごく決め事が多い人間で。自分の家は自分の城だと思っているので、自分の思い通りになっていないとけっこう嫌なんです。でも友達が来るとリモコンの位置が変わっていたりするじゃないですか。それがものすごい脅威で。ふとしたときに「あれ、リモコンがない。なんで!? ここに置いてあったのに!」みたいな(笑)。友達がいる間は楽しいんですけど、帰った後に「あれ!? 僕の安息の地が……」と動揺してしまう。そういうしょーもない脅威を感じてしまうんです(笑)。

――井之脇さんはプライベートではSNSをほとんどされないとのことなのですが、それもSNSの脅威を感じてるからとか?

SNSとの付き合い方は難しいなと、今でも思っていて。役者としては、あまりプライベートを出し過ぎて色がついてしまうと怖いな、と思っていたんです。でも同時に、上手に使えば本当にいいツールだな、とも思っていて。それで、自粛期間中に公式のインスタグラムを始めてみてたんです。やってみると、見てくださった方からの反応がすぐ分かるというのは、想像以上に楽しいですね!ただ、やはりプライベートではインスタグラムもTwitterもやるつもりはないんです。

――情報が入ってこない不安はないんですか?

いまのところは、ないですね。SNSがあまり好きじゃない理由は……僕が小学生の頃は、当然携帯もSNSも身近ではありませんでした。だから、放課後の終礼が終わって「さようなら」をしたら、本当に「さようなら」だったんです。翌朝学校でまた会うまで友達の状況なんて知らなかった。だから「ばいばい、また明日ね」という言葉にも真実味があった気がします。でも中学生、高校生になると皆携帯を持つようになり、同時にSNSも普及し始めた頃で「ばいばい」のひと言がすごく軽くなったなと感じたんですよ。皆、携帯から顔を上げず、相手の顔も見ないで「じゃあね」と帰っていく。僕はそれがすごく嫌で。だって明日の朝も会える保証なんてどこにもないじゃないですか。もちろん会えないときでもコミュニケーションを取れるのがSNSのいいところでもありますけど、僕はもっと、会っていない時間を大切にしたいなと思うんです。その気持ちは今も変わってなくて。SNSをこれからもやらないんじゃないかと思う理由は、そこかもしれませんね。


僕が女性なら石田ゆり子さんのような女性になりたい

 

――今作品では石田ゆりこさんとご一緒のシーンが多くありました。石田さんの印象はいかがでしたか?

本当に素敵な、僕が女性だったらこんな大人の女性になりたいと思うような方でした。優雅で可憐で物腰が柔らかくて。誰とでも気さくに話してくださるんですけど、芝居になるとそういうホワッとしたものを全部ギュッと集めて自分の核にして、そこからエネルギーを出してお芝居をされる方だな、という印象を抱きました。二人でお芝居をさせてもらって、その集中力だったりオンオフの切り替えだったり、たくさん学ばせていただきました。僕も将来は、そういうパワーを凝縮してパッと画面で出せる役者になりたいなと思います。

――お話したことで印象的だったことはありますか?

石田さんはホワ~ンとしていて裏表のない方で、思ったことを口にしてくれるんです。初めて石田さんとお会いしたのは9月頃だったんですけれど、ちょっと肌寒い日だったんですね。だけど石田さんに「今日、暑いね!」と言われて、「えっ!?」と(笑)。しかもその後、石田さんも寒くて鼻をグシュグシュされていて「石田さんも寒いんじゃないですか!」と思ったという(笑)。そんなこともあって、独特の感性を持たれている素敵な方だなぁと思ったことを覚えています。今思えばそれも、きっと僕に気を使って喋りかけてくださった優しさなんですよね。

『サイレント・トーキョー』©2020 Silent Tokyo Film Partners

――井之脇さんはご自身でも映画を撮られていますが、今回の豪華なキャストで作品を撮るならどんな作品を?

現場では役者としていることに精一杯でしたので、そういったことを考える余裕はなかったのですが……どうしよう。しかも豪華なキャストを前にして、僕なんかが恐れ多いです(笑)。でも夢としては、こんな素敵な皆さんと楽しい映画を撮れたらいいなあ、という妄想は膨らみますよね。今回が社会派のテーマの作品だったので、反対に平和で何も起こらない話なんかも観てみたいなと思いますね。みなさんが家族、という設定はいかがでしょうか。

――西島秀俊さんがお父さん役で、石田ゆり子さんがお母さん……とっても観てみたいです!ぜひいつか実現を。今日はありがとうございました。

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<映画紹介>
『サイレント・トーキョー』
 

クリスマスイブ。爆破予告電話を受け、半信半疑で取材に向かった来栖公太(井之脇海)は、居合わせた主婦・山田アイコ(石田ゆり子)とともに犯人へと仕立て上げられていく。そしてネット上にアップされた「総理との対談を要求する。応じなければ渋谷ハチ公前を爆破する」というテロ予告動画。渋谷署の刑事・世田志乃夫(西島秀俊)らが調査する中、渋谷には続々と野次馬が集まり始め……。出演は他に佐藤浩市、中村倫也、広瀬アリス、勝地涼など。12/4(金)から全国東宝系で公開。

写真/塚田亮平
取材・文/山本奈緒子
構成/朏亜希子(編集部)