菅氏は安倍政権を継承するという流れで首相に就任したわけですが、政策的に見た場合、この表現は正しいとは言えません。安倍氏はもともと小泉氏の構造改革路線を引き継ぐ形で首相に就任しましたが、安倍氏はいわゆる構造改革的な施策には一切手を付けませんでした。

一方、菅氏は安倍氏の路線を継承するとして首相に就任したものの、菅氏が打ち出した政策は、小泉氏が提唱し、安倍氏が一切、実行しなかった構造改革路線が中心です。つまり菅氏は、安倍氏を経由して、ぐるっと一回りした形で小泉路線に回帰したことになります。

2003年10月、第43回衆議院議員総選挙に出馬した菅氏と、応援に駆け付けた小泉純一郎首相(当時)。菅氏はこの選挙に当選後、11月に組閣された第二次小泉内閣では経済産業大臣政務官に任命されている。 写真:ロイター/アフロ

では、菅氏は小泉氏の構造改革路線を継承し、各政策をスムーズに実施できるのでしょうか。筆者は2つの点で難しいと考えています。ひとつは菅氏のキャラクターです。

 

就任早々、学術会議の任命問題が国会で論争となっていますが、菅氏は基本的に「説明しない」の一点張りで、野党の追及をうまくかわすことが出来ていません。テレビ出演などでも返答に詰まることがあり、こうした舌戦はあまり得意ではないようです。

学術会議は学問に関連した組織ですから(任命拒否に賛成か反対か、あるいは学術会議の運営に問題があるかないか、という議論はともかくとして)、どうしても憲法が保障する「学問の自由」に結びついてしまいます。任命拒否に反対する人は、理屈上、憲法を盾に論争してきますから、首相は防戦一方になりがちです(つまり首相にとっては最初から不利なゲームです)。

カリスマ性のある政治家であれば、外交など、別テーマを派手に打ち出し、追求をかわすという作戦もあるでしょうが(これが良いことかどうかはともかくとして)、菅氏はそうしたタイプの政治家ではありません。

もうひとつはタイミングの問題です。構造改革の実施には、どうしても痛みが伴います。小泉氏が構造改革を主張した2000年代初頭は、日本経済にもまだ余裕があり、(構造改革の是非はともかく)その痛みに耐える力がありました。しかし、当時から15年以上が経過した今の日本経済は急速に貧困化が進んでおり、経済の基礎体力が激しく落ちています。

ここで各種の構造改革を進めた場合、あちこちに影響が及び、激しい反発の声が上がってくるでしょう。学術会議での対応を見ていると、こうした反論を大きなビジョンで押し切るという作戦は難しそうです。菅氏は水面下の駆け引きを駆使して、難局を乗り切る算段と思われますが、これは容易なことではありません。

もし菅氏が力業で構造改革を推進した場合には、人材の流動化が進む可能性がありますが、菅氏は自助を強く打ち出しており、中間層以下への所得再配分は期待できません。一方で、デジタル化などによって民間企業の経営合理化も進むので、スキルのある人にとっては賃金アップが見込めるでしょう。一方、構造改革路線が頓挫した場合、他に目立った経済政策はありませんから、現状の景気低迷が持続し、賃金が伸び悩むという状況になりそうです。

前回記事「大塚家具の久美子社長が辞任。彼女は何に負けたのか」はこちら>>

 
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