「夫がそう言うから……」が口癖の専業主婦 


「……ごめん。別に大したことないの。一時的なことも多いから、すぐ治るだろうって美容師さんも言ってたし」

暗い話はやめようと、美穂は気を取り直して微笑んだ。

「あ、私、スイーツも追加しちゃおうかな」

何か言いたそうな親友から目を逸らし、メニューを手に取る。今日は久しぶりに早希に会えたのだ。惨めな姿は見せたくない。

お世辞ではなく、早希は大学時代に出会った頃から本当に変わらないといつも思う。

もちろん、外見も中身も大人に成長してはいる。

けれど人気ファッション誌のエディターとして活躍する早希は感度が高く話題も豊富で、コロコロ変わる表情の豊かさや、堂々とした立ち振る舞いは、友人の贔屓目を差し引いても本当に魅力的だ。

「もうおばさんだから」なんてセリフを何度も織り交ぜながら早希は年下のカメラマンとの出来事を聞かせてくれたが、彼女に憧れる若い男の気持ちなら美穂にだって分かる。

もうすぐ40歳だとしても、早希のような女性ならば、年下の男と恋愛する余裕も権利もあるのだ。

身体も心も年々に老いていく自分とは、まるで世界が違う。

「母の献身なしに、子供は育たない」息子に中学受験を強いるエリート夫の異常思考スライダー2_1
「母の献身なしに、子供は育たない」息子に中学受験を強いるエリート夫の異常思考スライダー2_2
「母の献身なしに、子供は育たない」息子に中学受験を強いるエリート夫の異常思考スライダー2_3
「母の献身なしに、子供は育たない」息子に中学受験を強いるエリート夫の異常思考スライダー2_4


「……そんなことないでしょ?何かあったんじゃないの?」

しかし早希は、美穂の腕を掴んで食い下がる。

「何もないわ。私なんて、ただ毎日のんびりしてるだけよ。夫にも、お前はいつもお気楽で羨ましいって言われるし」

髪が抜けた原因を、美穂自身もここ数日何度も考えている。老い、疲れ……ストレス?けれど仕事もしておらず一日中家でじっとしているだけの自分が、一体何にストレスを感じるというのか。

日々の家事に、息子の湊人の世話と勉強の管理をすること。母親ならば、そのくらい最低限の義務。他は自由にさせてるんだからお前は幸せ者だ……夫は日頃からそう言うが、実際その通りに違いないのだ。

「でも……いつも忙しそうにしてるじゃない。家族の世話だって疲れはするでしょ?」

深刻な眼差しを向けられ、思わず怯む。

「それに美穂、最近ほとんど出かけてもないよね?気分転換もしないと、ストレス溜まるのは当然だよ。じゃなきゃ脱毛症なんて……」

「だから大丈夫だってば!ストレスなんかない!!」

カッと頭に血が上り、ヒステリックに響いた声に自分で驚いた。

「いや、本当に大丈夫なの。私なんて“ダラけ妻”って夫にいつも言われるくらい、本当にダラダラ過ごしてるのよ」

急いで茶化したが、早希はまだ痛々しそうに自分を見つめている。やめて。そんな風に見ないで。そう叫びそうになるのを堪える。

「ねぇでも、そう言ってるのは旦那さんでしょ……?美穂は本当に、自分を“お気楽なダラけ妻”なんて思ってるの?」

低い声でそう指摘されたとき、美穂は髪の抜けた頭皮に小さく鳥肌が立つのを感じた。