振り返ると、同期の堂島が薄ら笑いを浮かべて立っていた。しかしその目はまったく笑っていない。嫌味を言いにきたのは明らかだった。
「ああ……えーっと、もう聞いたの……」
公式発表はまだなのに、一体どこから聞きつけたのか。さすがは普段から社内情報を仕入れて歩いているだけある。
「驚いたよ、また進藤と一緒に働くことになるとは。しかもウチはママ雑誌なのにお前が編集長って……子どももいないのになぁ」
――それ、関係ある?
失礼な発言に怒りが喉元までこみあげたが、すんでのところで口に出すのはやめた。ここで不愉快な表情を見せたら逆に自分が負けた気分になる気がして。
早希は努めて表情を変えず、冷ややかに応じてみせる。
「その話オフレコのはずでしょ。私も内示を受けただけだし、まだ何があるかわからないんだから口外しないで……」
「あー、わかってるって」
しかし最後まで言い終える前に、早希の言葉は遮られてしまった。
堂島は面倒くせぇ、とでも言わんばかりに頭をかいている。思わず眉間をしかめると、マズイと思ったのか今度はヘラヘラ調子のいい笑顔を向けてきた。
「怒るなって。俺はただお祝いを言いにきたんだから」
気安く肩を叩かれ、さらにイラ立ちがこみ上げる。だがみ睨み付ける早希を無視し、堂島は言いたいことだけ言うとそそくさと去っていった。
――嫌なやつ!
遠くても目立つ大きな背中に心の中で悪態をつく。数秒後、完全に姿が見えなくなってしまうと、張り詰めた糸が切れるようにどっと疲れが押し寄せてきた。
未婚・既婚・ママ。カテゴライズが女たちを分断する
『進藤さん。次はママ雑誌の編集長をやってみない?』
ちょうど絵梨香と会った日、早希は予想外の人事を知らされた。
早希が所属しているアラサー女性向けファッション誌の月刊廃止が決まり、春からは季刊誌になるという。そのタイミングでママ雑誌の編集長にならないかという打診を受けたのだ。
大抜擢だし、間違いなく昇進だ。しかし早希は手放しで喜べずにいる。
さっき堂島がわざわざ嫌味を言いにきたのは、副編集長である自分を差し置き、早希が編集長の座に就くことが気に食わないからだ。早希自身は別に編集長になりたいわけでも出世したいわけでもないのに、こんな風に嫉妬を買うのはまったく割に合わない。
それに……実はママ雑誌というコンセプトに対しても、早希は個人的に相容れない思いを感じていた。
確かに女性は結婚・出産でライフスタイルが激変する。ファッションも趣味嗜好も知りたい情報も変わるからターゲットを明確にするための区別だ、という趣旨も理解はできる。
けれどもそうやって女性を属性でカテゴライズする感覚が、もう時代にそぐわない気がするのだ。
未婚・既婚・ママ。皆おなじ女性であるにもかかわらず、分類されてしまうとどうしたって同調圧力が働く。
本来ならどの属性に所属していようが「らしく」いる必要なんてない。好きなように、それぞれの価値観で生きればいい。しかしカテゴライズされることで、独身だから・主婦だから・ママだから「こうでなくちゃいけない」という見えない鎖に繋がれてしまう。
思うに、その息苦しさこそが女たちの分断をあおっているのではないだろうか。
俗にいう独身ハラスメントや、結婚し子を産んだ女が勝ち組などという風潮は、まさにカテゴライズの悪しき結果だと思う。
それに、出産した後でさえも、男の子ママか女の子ママか、子どもの学校はインターか私立か公立か……分断とマウンティングは永遠に続くのだ。
女たちが無駄に傷つけ合うのは、もう終わりにしたい。
そんな風に考えている自分が「ママ雑誌」の編集長というポジションに就くなんて……矛盾している気がしてどうも気が進まないのだった。
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