「自分の息子には、間違ってもこうはなってほしくない」。
セクハラ事件や離婚裁判に多く関わり、訴訟で毎日のように問題のある男性を見るたびに、そんな思いを募らせてきたという弁護士の太田啓子さん。裁判と二人の男児の子育てから得た見地から、社会が男の子に強いる「男らしさ」の抑圧と、その先に生まれる女性差別について書いた著書『これからの男の子たちへ:「男らしさ」から自由になるためのレッスン』が大きな話題を呼んでいます。
母親が経験として知らない男の子の成長過程、「性教育」をはじめ、なかなか踏み込みにくいもの。そんな中で息子さんと「何でも話せる関係」を作りあげた太田さんが大事にしていることとは?そして「これからの男の子たち」に、母親が伝えてゆくべきこととは、一体どんなことでしょうか?
太田啓子(おおた けいこ)
弁護士。2002年弁護士登録、離婚・相続等の家事事件、セクシュアルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件を主に手掛ける。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)メンバーとして「憲法カフェ」を各地で開催。2014年より「怒れる女子会」呼びかけ人。2019年には『DAYS JAPAN』広河隆一元編集長のセクハラ・パワハラ事件に関する検証委員会の委員を務めた。
「ホモ・ソーシャル」の掟に、一定の距離を置く
前回解説したような「エロの冗談化」が常態化しているのが、「ホモ・ソーシャル」と呼ばれる「性的関係を持たない、主に男性同士の関係」ーーしばしば「男の絆」と理解されるものです。ある種のムラ社会とも言えるそのグループで、メンバーが常に求められるのは「ムラの掟=男らしさ」。その中には「女性・同性愛嫌悪」「モテ至上主義」「無意味な競争原理と縦社会」などの、いわゆる「有害な男性性」と呼ばれるものも含まれます。悩ましいのは、そうした関係はすでに小学校低学年から始まってしまうこと。
太田啓子さん(以下、太田さん):次男はよく長男の友達と一緒に遊ぶことがあるんですが、ある時帽子をとられてなかなか返してもらえず泣いてしまった、それを「男のくせに!」とまたからかわれたらしくて。学校の話はほとんどしない子ですが、この間は突然「今日**先生が、“男だって怖がってもいい、ビビってもいい”って言ってた」と嬉しそうに繰り返していて。小さいながらに「男らしさ」の抑圧があるんだなと。
そうしたムラ社会に一定の距離を保つには、それとは異なる価値観を、やはり言葉で伝え続けることだと、太田さんはいいます。
太田さん:長男が「痴漢に遭った女子に対して、男子たちが“大げさだ”とからかったり、被害を笑ったりしたときは、どうすればいいのかな?」と言い出して。その場でカッコよく「やめろよ」とは言えたらいいけど、それによって男友達との関係がぎくしゃくしないかも気になる普通の子なんですよね。どうすればいいと思う?そういう場面は大人の男性でも勇気がいるんだよ、と話して。「あなただけでも、その場で笑わないっていうのは最低限じゃない?」と言ったら、そっか、って。「その女の子と二人になった時に『さっき大丈夫だった?』って声をかけてあげたら?」って言ったら、「それはもっと難しいよ!」って(笑)。一つだけの正解はないですが、こういうことを話題にすること自体に意味があるといいなと思ってやっています。
ちなみに次男の一件では、一緒にいた長男は「”男のくせに”とか関係ないから!」ととっさに言い返したんだとか。「ママ、ちゃんと言い返したよ!」と得意げに報告してきたというエピソードがなんともかわいいのですが、つまりは、親が言い続ければ、子供にはちゃんと伝わっていくということ。太田さんが持つ問題意識「男性のもつ特権」についてもまた、息子さんたちは漠然と理解しているようです。
「男性の特権」を意識させ、その意味を考えさせる
「男性の特権」とは文字通り、社会の構造により男性が意識・無意識に持つ特権のこと。例えば、男性が家事・子育ての主体とならずにすんでいること。男性のほうが出世しやすいこと。男性のほうが給与水準が高いこと。太田さんはそうした統計学的なこともーー全部理解するのは難しいだろうと思いつつもーー普通に息子さんに話すそうです。
太田さん:「男性が持つ特権」については、私も本を書きながら、より明確に意識したところがあります。これは社会学者のケイン樹里安さんの表現ですが、「『気づかずにすむ人々』『知らずにすむ人』『傷つかずにすむ人』こそが、特権を付与されたマジョリティ」なんですよね。男性だからって何も特権なんてないし得もしていないと思う人は少なくないかもしれませんが、多くの女性が、気にしていて、傷ついていることに、「男性だ」というだけの理由で気にしなくて済み、傷つかずに済んでいるということは色々あるはずなのです。それを、男性こそが意識してほしいと考えています。どんな差別でも、マジョリティ側こそがそれを意識し是正しようとしないといけないのだと思います。
子どもたちがもっと小さい頃は、なぜ女性が育児や家事をするのが当たり前かのように社会のあちこちの仕組みはできているのかと腹を立てていて、女性が声をあげる訓練とかエンパワーが大事だというほうに強く意識がいっていました。今ももちろんそれもあるんですが、最近は、それに加え、そういうことを迫られていない側、「特権を持っている側」こそがそうした不平等に対して声を上げるべきだと明確に考えるようになりましたね。
それは例えば「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」における黒人差別に抗議するデモに参加した白人たちの行動に似ています。それが大事であるのは、マジョリティこそが、特権を行使して、差別をなくすよう具体的な行動をすべきだからです。
太田さん:別にあなたが男性という性別を選んで生まれてきたわけじゃないし、男性だからこその嫌な思いをすることもあるけれど、統計などを見るとーーという話も普通にしますがーー構造として、女性のほうがよりしんどい思いをする、抑圧を受ける社会の仕組みになっている。自分に被害がないからそれでいいというのではなく、むしろ自分は直接は困っていない問題にこそ、想像力を働かせて声を上げるべきなんだよーーと、真正面から言っています。今はまだ子供だけれど、そういう大人になってね、あなたには社会をいい方向に変えられるだけの力があり、そうする責任がある、それがどれだけ意味があり、どれだけ人間としてカッコいいことかーーという感じで、折に触れて伝えています。
大人が持つべき「社会は変えられる」という意識
ところで、太田さんが著書に書いたこれらのことは、必ずしも男の子たちだけでない、すべての子供たちに伝えたいことです。同時に女の子たちについて、自身が経験を踏まえて、エンパワーすることも忘れてはいけないと考えています。
太田さん:日本社会には女性ならではの不利益はまだまだいっぱいあるし、「女性は誰かの経済的庇護で生きるもの」という価値観で育てられてしまうと、そう自覚はなくても、自発的に不利益な道を選んでしまうようなところがあるんです。弁護士になって、そういう女性をたくさん見てきました。夫の暴力や浮気に耐えられなくなり、それに耐えながら婚姻関係を続けるか、貧困に陥るかの二択を迫られるというような切実な状況になってからやりなおしたいと思っても、なかなか大変で胸が痛いです。専業主婦という選択肢自体が悪いわけでは決してありませんが、しかし実は今の社会は、その選択肢が十分に保障されているとはいえないと思います。その選択肢をやめる自由があってはじめて、その選択肢を安心してとれると思うんですが、今の日本社会は、専業主婦が婚姻関係から離脱する際には経済的に相当の困難を強いられますから、実はかなり賭け的要素が強いです。
とはいうものの、最近の若い女性に「専業主婦願望」が強いのは理解できる、と太田さん。周囲を見渡せば、バリバリ仕事をする独身女性か、仕事と子育ての両立で汲々とする母親のどちらかで、「自分もああなりたい」とは到底思えない……彼女たちは現実の社会に適応しようとしているだけです。
太田さん:現実の社会に適応しようとする気持ちはよくわかります。でも社会がいつまでも変わらないという保証なんかないので、今の状況を前提にしたサバイバル方法は実は本当は「現実的」ではありません。ならば今の社会に適応する選択肢をとるよりも、「今の社会はおかしいから、現実を変えよう!」と考えて動ける方向に、強く生きられる力をつけられるようにエンパワーしてゆきましょうよと言いたい。でも日本では、親や学校にいる大人のほうが、「社会は変えられる」とあまり感じていないかもしれないですね。政治に責任をもって関心をもち、声をあげる人がもっと増えてほしいと思っています。
今の日本社会の大きな問題は、大人に、社会を構成する市民として、社会をより良くしようという責任感が薄いこと、と太田さん。子供が生きやすい世の中を作るには、まずは子供の親たちのそうした意識を変えてゆく必要がありそうです。
太田さん:大人の方には、「大人の社会科」として憲法を読むことを勧めています。私たちにはどんな人権があるのか、それが損なわれた時にはどんな救済があるのか。たとえば性差別に関する分野でも、今までどんな事件があって、先人がどんな闘い方をして権利を勝ち取ってきたかを知ると、今の社会にある問題をそのまま諦めて受け入れなくていいのだと励まされるし、子どもにもそう伝えたくなると思うんですよね。憲法の基本的な理念を理解し、政治の仕組みを理解し知ることは、社会に属する自立した一個の人間としての意識を養ってくれます。基本的な入門書として特にお勧めなのは、弁護士仲間の楾大樹さんが書いた『檻の中のライオン』です。イラストがかわいく親しみやすいし、中学校の公民の副読本にも採用されてるんですよ。
ついこの間、息子と読んだのは、女性参政権活動家エメリン・パンクハーストの伝記漫画、『エメリン・パンクハースト (コミック版世界の伝記)』です。彼女の時代のイギリスでは、女性が選挙権を求めて行動することすら弾圧され、犯罪者として投獄されたりもしていました。法律でさえ実はおかしいこともあって、おかしいことは声を上げたら変えられるということを学べると思います。今の社会に問題があると思うなら、行動すれば変えられる。そういう勇気が出るような本や映画などに、ぜひ親子で一緒に触れられるといいですよね。
<書籍紹介>
『これからの男の子たちへ :「男らしさ」から自由になるためのレッスン』
太田啓子(著) ¥1760(税込)
君が将来、幸せになれるように――
男の子にこそきちんと話そう、性のこと。
「男らしさ」の呪縛は何歳から始まる?
わが子をセクハラ加害者にしないためには?
性差別社会に怒りを燃やしつつ、男子2人を育てる弁護士ママが悩みながら考えた、ジェンダー平等時代の子育て論。
対談=小島慶子(タレント・エッセイスト)、清田隆之(桃山商事代表)、星野俊樹(小学校教師)
構成/川端里恵(編集部)
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