テレビやラジオ、イベントなど幅広く活躍するフリーアナウンサーであり、韓国留学経験もある安田佑子さんが、韓国で『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』ヒットした理由を現地の声を交えながら分析します。
『鬼滅の刃』が韓国で初登場1位。観客からは概ね高評価
『愛の不時着』『梨泰院クラス』など、日本では韓流ドラマブームが再燃しましたが、今、韓国では、1月27日に日本でメガヒットを記録したアニメ映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が公開され、初日に6万6581人の観客を動員、ボックスオフィス1位を獲得、と好調な滑り出しを見せています。
韓国のポータルサイトNAVERの映画レビュー(鑑賞前の期待値投票も含む)は10点満点採点で今のところ9.66点、別のポータルサイトDaumを見ると6.0点(29日現在)。ただ、全体的には、実際に劇場版を見た韓国の人は感想は好意的で高い点数を入れている様子。アニメ通と思われる感想では制作会社Ufotableの作画や演出を名指しで絶賛、韓国映画雑誌「CINE21」のweb版の記事では、炭治郎が繰り出す“水の呼吸”の描写を「日本の伝統的な浮世絵スタイルの水墨線に3DCG技法も適切に織り交ぜて今までにない映像美を創造している」と表現していました。
『鬼滅の刃』は韓国でもアニメ版がケーブルテレビで放送され、吾峠呼世晴氏原作の漫画は22巻が発売されたばかり(日本では最終巻の23巻が2020年12月に出ている)。日本での大ブレイクはNetflixやAmazon Primeで多くの人がテレビアニメ版を気軽に事前や追いかけで見られたことも大きく、韓国ではまだオンデマンド配信はされていないので(ちなみに『進撃の巨人』『千と千尋の神隠し』などは韓国のNetflixで配信されています)、まずは作品のファンや日本で大ヒットしたニュースを知る、10~20代の流行に敏感な世代が劇場に足を運んでいるようです。
韓国人に“鬼滅”が刺さった4つの見どころ
「韓国でも社会現象になり大ブレイクするか?」と聞かれれば、正直なところはわかりません。個人的にも好きな作品なので期待していますが、いろいろ事情もあるでしょう。でも「鬼滅は韓国人に刺さる作品か?」と聞かれたら間違いなく刺さる作品!文化や国は違っても、共通する感動ポイントも多いからです。
「40代おっさん 涙と鼻水でぐじゃぐじゃです」
「わぁ…すご…まじで…鬼滅が何か知らずに見たけど、泣いたよ…ㅠㅠ」
〜韓国のポータルサイトNAVERの映画レビューから(以下同様)〜
まず、韓国の人も泣ける作品が好きです。韓流ドラマは「なんでそこまで…」「せっかく幸せになったのに…」と思うような展開を数珠つなぎに作り、観ている人の感情を揺さぶる作品が人気です。ドラマの感動シーンの時に食堂やサウナに行っても店員のアジュンマ=おばちゃんたちが全員テレビに見入っていて全く相手にしてくれないことがよくあります笑(お客さんたちもあまり気にしていません)。悪役は最終回でしおらしくなるキャラも多いですが、それまでの憎たらしさと言ったらありません。でもその悪役のおかげで主人公たちに感情移入し、一緒に泣けるので、それがまた醍醐味なのです。ドラマ『愛の不時着』では、主人公たちを邪魔する悪役だけでなく、北朝鮮と韓国のカップルの恋をどうやって成就させたらいいものか全世界の人が泣きながら一生懸命応援したわけです。
また、特に韓国映画で言えば、アカデミー賞作品賞を受賞した『パラサイト〜半地下の家族〜』をはじめ、“ただのハッピーエンドでは終わらない作品”や、完全なるバッドエンディングの作品も多くあります。恋愛映画でも、最後にどちらかが死んでしまう、実はスパイで相手を殺さなくてはいけなかったり…という展開も(汗)。
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の幸せな邂逅と過酷な試練が入り混じった若き鬼殺隊・炭治郎、善逸、伊之助の成長物語は韓国の観客たちも共感することでしょう。
「映画を見てほとんど泣いたことなんてないのに、レンゴク(煉獄)…サランハムニダ(愛してます)」
「レンゴク兄貴!かっこいい!」
また、韓国の人も先輩後輩愛が深いのです。韓国では初対面で年齢を聞かれるので、ソウルに住み始めた頃は正直トラウマになりかけましたが(笑)、慣れてくると、いい関係性を作るために知りたい情報なんだなと腹落ちしました。同い年だと一気に距離が縮まりますし、先輩なら敬語を使ってお酒を注ぐ時にも両手を添えるなど礼儀の所作が変わり、後輩ならタメ語でOK、ここはご馳走してあげなきゃ!面倒見のいい兄貴と姉貴になります。
鬼殺隊員としてまだ伸びしろがある炭治郎と、鬼殺隊の最高位剣士「柱(はしら)」のひとりである煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)との眩しい先輩後輩愛は韓国の人にもド直球で入るはずです。吹き替え版ではなく字幕版で上映されているので、煉獄さんの「うまい!」「よもやよもやだ!」をハングルで書いて楽しそうにつぶやいている人もいました。
そこから派生して、韓国の人も「守るものがある」精神が好きです。K-POPの歌詞にもドラマのセリフにも「守るよ」「守ってあげるよ」「守りたい」という言葉がたくさん出てきます。そもそも炭焼きの仕事をしていた炭次郎が鬼を倒す鬼殺隊に入ったのは、鬼になってしまった妹の禰豆子(ねずこ)を守るため。劇場版でも鬼殺隊同士で守り合ったり、鬼の禰豆子が無限列車の乗客を守ったり、そしてなんと言っても柱である煉獄杏寿郎のリーダーとしての凛とした「守り方」は当たり前のように韓国の人の胸に刺さるわけで映画を見た韓国Youtuberの中には「レンゴクがこの映画の主人公です!」と断言する人もいました。
「すぐに見に行かず何してるの?これまで生きてきて書き込み、レビュー、採点を書いたことないけど、これは書かなきゃと思った笑!」
「韓国公開を首長くして待っていた甲斐がありましたね。むしろ終わるのが寂しかった。エンディング曲も好き」
息を飲む壮絶なアクションシーンの背景にある友情や家族愛も『鬼滅の刃』シリーズの人気のひとつです。Naverの映画サイトでは作品レビューのほかに「好きな名セリフ」を書き、それを読んだ人は「オススメ」ボタンで評価できます。レビューほどの書き込みはないものの、今の段階で一番「いいね」を集めているのは、煉獄杏寿郎が激闘の中で病床の母親を思い出し、母の「〜幸せでした」という言葉に成長した自分だから伝えられた思い、そして二番は、炭治郎が鬼の魘夢(えんむ)に家族の悪夢を見せられた後に叫ぶ家族を庇う言葉でした。
韓国でも親子愛が盛り込まれた作品は鉄板ですし、韓国男性は友達同士でも当たり前のようにお母さんのことを言葉にすることが多いんです。例えば、「今日は母の日だから、サプライズプレゼントを置いてきたんだ!」とニコニコしながら話す男友達がいました。また別の男友達も「最近お母さんに会えていなくて申し訳ない」とぼやくので、「日本にも2~3年実家に帰ってない人いるよ」と答えかけたら「もう2週間も帰ってない...」と言うので驚いて吹き出してしまった記憶があります(すいません…)。これが特にマザコンという感じでもなくさわやかなのです(これを文化と呼ぶのでしょう)。韓流ドラマに出てくる「真っ直ぐな親孝行息子」に多くの日本人女性が好感を覚えるのも態度や言葉で表現してくれるから、かもしれません。韓国でも昔から男の子は格別に愛情を注がれて育てられるので、息子たちも「お母さんを喜ばせたい」という気持ちを自然と持って育つのだと思います。
無限列車には韓国の2月の旧正月まで走り続けてほしい!
初登場1位、実際に観た人たちの評価が高く、順風な滑り出しですが、実は公開されるまでにはいろいろと騒動もありました。漫画、テレビアニメの段階では韓国版用に炭治郎の耳飾りのデザイン変更があったり、2020年7月からの日本製品不買運動があったり、コロナで劇場版公開が無期延期になったり……。韓国の地元メディアの発信の仕方で風向きも定まらない状態です。人気が続かないと韓国は2週間くらいであっさり打ち切られてしまうこともあります。なんとか無限列車には2月の旧正月までは頑張って走り、より多くの人に見てもらいたいものです。
前回記事「「すみません」「はいはい」「疲れた」つい言いがちな7つの口癖とその直し方」はこちら>>
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