「傷ついた人」にしか見えない一軒のスナック。アルコールを置かないその店で客を迎えるのは、自分でも気づかなかった“心の傷”を引き出してくれる不思議なママだったーー。
益田ミリさんの7年ぶりの描き下ろし漫画『スナック キズツキ』は、小さな違和感にフタをし、普段は平気なふりをしてやりすごしている人たちを描く物語。登場するキャラクターたちは皆、誰かに傷つけられ、そして誰かを傷つけて、人生を交錯させながら日々を過ごしています。彼らの前に突如現れる謎のスナックは、戸惑うお客さんを巻き込みながらも、ママが突飛な方法で心の傷を癒してくれる不思議な場所。今宵もどこかの路地裏で明かりを灯し続ける「スナック キズツキ」に込められた思いについて、著者の益田ミリさんにお話を伺います。

『スナック キズツキ』(マガジンハウス)

 

 

益田ミリさん:1969年大阪府生まれ。イラストレーター。主な著書に、漫画『僕の姉ちゃん』(マガジンハウス)、『すーちゃん』(幻冬社)、『今日の人生』(ミシマ社)、『沢村さん家のこんな毎日』(文藝春秋)、『お茶の時間』(講談社)他、エッセイ『小さいコトが気になります』(筑摩書房)、『永遠のおでかけ』(毎日新聞出版)など、絵本に『はやくはやくっていわないで』(ミシマ社・絵・平澤一平)などがある。

 


――本作では複数の登場人物が主人公となり、それぞれの視点で傷ついたエピソードが描かれます。気になったのは、傷ついても、誰も泣いたり怒ったりしないということでした。

益田ミリさん(以下、益田):瞬間的に「ひどい!」とヒリヒリしたり、ちょっとした一言に長い時間ジクジクしたり。出来事によって傷つき方もいろいろです。そして、たいていの人はその痛みをなだめてなんとかやり過ごしています。
コールセンターで働くナカタさんという女性が出てきます。彼女は客からやいやいと理不尽なことを言われるのですが、一切、顔には出しません。彼女にとっても、登場するすべてのキャラクターたちにとっても、淡々としていることが傷口を広げないための手段なんですね。そんな登場人物たちが「スナック キズツキ」にたどり着き、いっきに解放されていく様子を描きたいと思いました。

コールセンターにかかってきた1本のクレーム電話。「あなたじゃ話にならない」と散々嫌味を言われても、仕事だと割り切って対応するナカタさんだが……。(『ナカタさん』より)


――「スナック キズツキ」が現れるきっかけとなる出来事は、いずれもありふれた光景の中で静かに生まれています。傷ついたエピソードを考える際に、どんなことを大切にされたのでしょうか。

益田以前、旅先の観光地での出来事なのですが、大学生くらいの青年とその母親が近くにいたんです。お母さんが息子さんに建物の説明をしようとしたとき、彼はそれを遮って「お母さんより知らないことはないわ」と笑い、お母さんも「そりゃそうか」と笑っていました。仲のよい家族のなにげないやりとりです。「お母さんより知らないことはない」に対してお母さんがどう感じたのかはわかりませんが、そばにいたわたしはなんだかチクリ。漫画の中にカホという女性が出てくる回があるのですが、このときのエピソードがヒントになりました。自分の引っ掛かりは大事にしようと思っています。

京大に受かった息子と、その母親のカホ。裕福な家庭、タワマン住まい、息子は優秀と誰もがうらやむ境遇のはずだが、カホの心には言葉にできない虚しさが積もっていく。(『カホ』より)


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