マンガで音楽を表現するのはなかなか難しいもの。クラシック音楽コメディ『のだめカンタービレ』(講談社)、ショパン・コンクールを描いた『ピアノの森』(講談社)、世界でサックスプレーヤーを目指す『BLUE GIANT』(少学館)、ジャズに魅了された高校生を描いた『坂道のアポロン』(少学館)といった名作がありますが、どれも誌面から確実に音楽が聞こえてくるのが不思議であり、作品の魅力でもあります。そんな名作音楽マンガに連なる注目作が、「モーニング」で連載中の『スインギン ドラゴン タイガー ブギ』です。
物語の舞台は、昭和26年の東京。戦争が終わり、アメリカのマッカーサー元帥が帰国の途についた頃、福井から東京に出てきたばかりの少女・とらは、自分の体よりも大きなベースを担いで人探しをしていました。
当時の日本はまだアメリカを中心とした連合国軍の占領下にあり、アメリカ兵がジープで走り回っているのは日常の光景。とらが探しているのはオダジマタツジという名前のベーシスト。路上でろくに弾けないベースをベチベチと叩き、ジャズナンバーを歌っていれば、音楽関係者と知り合えば、オダジマタツジの手がかりがつかめるのではないかと思っています。
とらがその男性を探し出そうとしているのは、姉の依音子(いねこ)のためでした。6年前の昭和20年、福井大空襲の夜のこと、まだ幼い頃のとらは、依音子が、謎の男性が奏でるベースの低い音とジャズの音色に身を委ね、楽しそうにしているのを目にします。
戦後間もなく、依音子は川に身を投げて一命をとりとめたという出来事があったのですが、それ以来、姉は魂が抜けたような状態になり、ベースを弾く真似をしながら「ぼっぼんぼん!」と歌い、涙を流す日々。とらは姉のうわ言から、空襲の夜の男性が「オダジマタツジ」ということを知り、彼を姉に会わせれば何かが分かるのではないかと思います。そこで、姉のベースを持って上京を決意したのです。
とらが姉から教わったジャズのスタンダードナンバー「タイガー・ラグ」を歌っているところ、2人の男性が通りかかり、ベースのひどさは置いといて、とらの歌に天性ものを感じ取ります。一人は芸能の世界で成り上がるために音楽をやっている野心家の丸山で、もうひとりは寡黙なベーシスト。二人はジャズバンドをやっており、丸山はリーダーでした。とらが丸山に「オダジマタツジを探している!」と迫っている時に、ベーシストがおもむろにとらのベースを奏で始めます。
その音色と色気に居ても立ってもいられなくなったとらは、思わず横で歌い始めます。それを聞いていた丸山は、改めてとらの歌には人を惹き付けるものがあると確信。
とらに名刺を渡して、翌日新宿に来るように指示し、とらが探している「オダジマタツジ」に会えるかもと捨て台詞を残して去っていきます。
こうして、とらはよくわからないまま丸山のペースに巻き込まれ、丸山率いるジャズバンドのボーカルとして進駐軍のキャンプのステージに立つことになるのです。オダジマタツジも思いがけないところにいて、姉との関係も気になるところ。あと、オダジマのクールなメガネ男子っぷりは女性にモテそうでもあります。
作品では、米兵を前にとらたちがジャズを演奏するシーンが数多く登場するのですが、はじめは日本人の演奏を小馬鹿にしていた彼らが、とらの歌声と、ベーシストの音色に惹き込まれ、熱狂していくさまがとても臨場感があり、心踊ります。確かに紙からジャズのライブ感が伝わってくるのです! それと同時に、長い戦争が終わり、ジャズという西洋の音楽に魅せられ、音楽の実力と熱量で黎明期の芸能の世界を上り詰めてやろうというパワーも感じられます。
とにかくとらちゃんが一番パワフルで、かわいい!! 本名は於菟(おと)といい、寅年生まれなのでニックネームがとら(姉の名前も依音子と、「おと」が入った名前なので、彼女たちの両親は福井の片隅で、敵性音楽であるジャズに熱狂し、娘たちの名前に思いを託し、こっそりとレコードを聴かせていたのかも? などと想像があれこれと膨らんでいく!)。歳の頃は中学生くらいに見えるけど、大きなベースを担いで姉のためにひとりで上京する時点でかなりガッツがあるし、大人の男であるバンドメンバーにも物怖じせず、観客の米兵に啖呵を切ることだってあります。でも、ジャズと歌うことがとても大好きで、どこまでも自由な彼女は、焼け跡から復興しようとする活気に満ちた日本と重なり合う部分も多く、わくわくした気持ちにさせられます。
この作品は第24回文化庁メディア芸術祭でマンガ部門新人賞を受賞。5月19日にはオフィシャル・コンピレーション・アルバム『ウィズ・スインギンドラゴンタイガーブギ』も発売。作中に登場する「タイガー・ラグ」「テネシー・ワルツ」「ボディ・アンド・ソウル」などはもちろんのこと、戦後の日本の街中で流れていたであろうジャズの名曲をセレクト。そして5月21日には4巻も発売予定。マンガを読みながら聞くと、さらに気分も盛り上がるはず!
『スインギン ドラゴン タイガー ブギ』
灰田高鴻 講談社
ジャズ。それは戦後日本の「芸能界」のルーツ。これは戦争ですべてを失ったこの国、そしてその音楽が再生する歴史を描く、一大ニッポンジャズストーリー!!
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