流行りの時短レシピと一線を画す
おうちご飯のぜいたく


閉塞といえば、「むやみに外出るんじゃねえよ」をまろやかに言い換えた言葉として「おうち時間」って嫌いじゃない。ひらがなのほっこり成分が「おうちにいるしかない時間」である実態をごまかしてくれている。まあ、限度はあるけど。

長く憂うつなおうち時間、料理やお菓子作りで気を紛らわせた人も多いと聞く。わたしは自炊をしないのでもっぱらテイクアウトやデリバリーに頼りつつ、ちゃんとしたごはんを作るコミックエッセイをまぶしい気持ちで読んでいた。中でも、「ここんちの子どもに生まれたかったな〜」と小学校ぶりに臆面もなく夢見てしまうのが『あたりまえのぜひたく。』(きくち正太・幻冬舎コミックス)だった。『おせん』『瑠璃と料理の王様と』(ともに講談社)などの料理まんがで知られるきくちさんはご本人も料理の名人。「料理もできるまんが家」なのか「まんがも描ける料理人」なのかわからないほど道具からメニューからレシピから凝っている。

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『あたりまえのぜひたく。』(きくち正太・幻冬舎コミックス)

おまけに守備範囲が広く、困った時のお頭つき煮魚、銀座仕込みのハンバーグや昭和を感じる真っ赤なナポリタンに白湯がポイントの麻婆豆腐まで和洋中何でもござれ。ポン酢もめんつゆもカレースパイスも自家製だし、「ジンの生スイカ炭酸レモン割り」なんか、切実にどこかのバーで出してほしい。言うまでもなく、きくちさんの本職であるところの料理の絵はめちゃくちゃおいしそうだし、普段の台所を切り盛りする「かあさん」とのコミカルなやり取りも楽しい。

 

流行りの時短レシピとは違う。包丁いらず、レンジで簡単、そういう需要には沿えない。だからこそ「あたりまえのぜひたく。」という、一見矛盾したタイトルをつけたのだろう。旬を求めてスーパーに足を運ぶ、余計なものは買わない、郷里からどっさり届く食材を無駄にせず、お茶は湯冷ましを使って丁寧に淹れる。きくちさんにとっては「あたりまえ」の日常で、「かあさん」はちょくちょく「おうちだったらこんなに安い」「お店だったらいくらかかる」とのたまう。耳が痛い。わかっちゃいるんですけどね、とこぼしたくなる。手間暇が「あたりまえ」でない人間にはお値段以上のとんでもないぜいたくだけど、エコやサステナブルが謳われる昨今、こんな「あたりまえ」が「ニューノーマル」のひとつになったらいいなと思う。

自分ではできそうにないんですけどね。わかっちゃいるんですけどね。お恥ずかしい。