家族の「頑張って」は本人を苦しめるだけ

「最期は自宅で死にたい」。看取りのプロが教える、幸せな在宅死の迎え方_img3
 

死を受け入れるのは誰にとっても簡単ではありません。ただ、ご本人はときが来ると、わりと自然に受け入れられるようになったりします。体力の衰えを実感しているので、自分の死期に気づいているものなのです。

 

一方、現実をなかなか直視できないのは、ご家族などの周囲。死を受け入れるのが大変なのは、じつは残される側のほうです。

残された時間が限られているのに、「頑張れ」とよくみなさん言います。頑張って食べさせたり歩かせようとしたり、リハビリみたいなことをさせようとしてしまうのです。でも周囲が頑張ってモードになると、苦しむのはご本人です。「頑張れば、もうちょっとでもよくなるのでは」という願望を、死に行く本人に押しつけるのは、それこそ酷。自分の死期を察してもなお、ほとんどの方が家族やまわりの期待に応えようとして、無理をすることになります。

食べられないのは、いま元気がないからではありません。病状が進んだために、もう食べられないのです。無理して食べたら、具合がよけいに悪くなるでしょう。動くのもそうです。本人が動きたいなら止めませんが、まわりが動け動けと言っても、本人の身体の負担になるだけですから、寿命を縮めてしまうことにもなりかねません。もう十分頑張ってきたので、いまはゆっくり休むときなのです。