結婚に焦る女性たちの「家庭=安全保障材」という潜在意識_img0
 

最近、上野千鶴子さん・鈴木涼美さんの往復書簡をまとめた『限界から始まる』を読みました。この本を読み進めていたときにはじめ、意外に感じたのは、私と同世代の鈴木涼美さんとそのご友人が「なぜそんなに?」というほど、結婚や家庭という観念に縛られているように見えたことです。

 

書かれている内容によると、鈴木さんは、高校時代にブルセラをしたことなどから男性に絶望し尽くしていて、しかし女友達には恵まれており、経済的にも自立しているように見えます。なのに、なぜ男性からの承認を求めるようなことを繰り返し言うのかが腑に落ちなかったのです。

でも、そのときにふと、自分がたまに見る、ある夢のことを思い出しました。実は30代になってから、年に1回くらいの頻度で同じような夢を見ます。夢の中身を話すのは自分の脳内を明かすようで非常に恥ずかしいのですが、その夢は私が学生時代から長く付き合っていた恋人と別れた後あたりからはじまって、その気分のまま、いつの間にか私は30代になっています。

そしてなぜかその更に前、高校卒業後や中学のときの、彼氏というよりは一緒にいて居心地のよかった男友達の顔が浮かんでは「あーちがうんだった、それはうまくいかなかったんだった」と消えていき、最後は誰も一緒にいる相手がいなくて呆然とする、という夢です。目が覚めて初めて、私には夫と子どもがいることを思い出すのです。

私は実際には25歳で結婚しているので、「このまま一生、結婚できないかも」という焦りを感じた時期はほとんどなかったはずです。また、働く女性の問題に自身が直面してからは特に良い女友達に恵まれた一方で、育児に理解がない男性には失望することも多かったので、恋愛的な要素や男性の承認を求めているかというとそんなつもりはさらさらないのです。

にもかかわらず、この夢はなんだか恋愛でしか生き方がないと思っている、男性に頼って生きていこうとする潜在意識のよう。自分の意志と反する方向性にもっていかれたような、見透かされたような、そもそも子どもの存在を忘れてるなんてひどいな、とか、そういった気持ちが起きた瞬間に駆け巡るので、決して好きな夢ではありません。

 
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