18年
認めるのが悔しい。しかし正直、有希は夜になっても良平と話ができないことに半年経っても慣れなかった。
遠距離恋愛だった頃も、夜はいつだって電話をしていた。数分のときも多かったけれど、二十歳の頃からそこで心をちょっと整えて、眠りにつくのが習慣になっていた。
考えてみれば、結婚生活云々の前に、良平と心を通わせてから18年。あまりにも長く深く、結びついていた。それが一方的だったとしても。
なんでも長く続いてしまう性質が裏目に出たな、と有希は苦笑いする。しかも今回は最後まで全うできてない。
夜、良平はどうしてるかなと考えそうになるのを必死で遮断した。もう他に相手がいる男を思い浮かべて泣くなんて、そんな安いドラマみたいなことは御免だ。
もう終わったんだ。大恋愛も、結婚生活も。何年モノだろうがこんなにあっけなく終わる。
「おやすみ、玲菜。大好きだよ」
大丈夫。生活も、会社も、平穏を保てている。問題は起きていない。
有希は、玲菜のふにふにのほっぺたの匂いをかいで、おでこをくっつけ、ようやく目を閉じる。
◆
「それで状況も落ち着いてきたし、延期を重ねていたシアトルでの調印に行けることになった。先方の社長も時間を作ってくれている。うちからは役員が2名と、もう一人、この部からアテンドに出るぞ。チームリーダーの川嶋、どうだ?」
会議で突然、上司の浜野が有希に話を持ち掛けてきたとき、しばらく返事をすることができなかった。
「シアトル出張ですか……あの、帰国後は、隔離がありますよね……?」
有希は、結論はわかっていたけれど、なんとか言葉をつないだ。
「そうだな、現状では帰国後、指定のホテルに数日隔離されたあと、合わせて2週間の自主隔離が求められている。まあかなり流動的だから、再来週がどうなっているかはわからんが。出張自体は3泊5日ってところだな」
有希は小さく下唇をかんだ。
シアトルには最大の航空機メーカー本社があり、その商談に派遣されるのは、この部署に来てから有希の目標の一つだった。
知る限りでは、ここで女性総合職がアサインされたことはない。上司が「どうだ?」と当然のように一番に打診してくれたことが、有希には嬉しかった。
しかし、今シアトル行きを引き受けるのは、あまりにハードルが高い。
有希の両親は北海道で、しかも持病があるため、コロナ禍では簡単に呼び寄せることはできない。離婚したことも事後報告だったため、多少ギクシャクもしていた。
ちらりと良平の顔が浮かんだが、もう他の女と一緒に住んでいるかもしれない彼に3歳の玲菜を少なくとも1週間以上預ける選択肢はなかった。
「……申し訳ありませんが私は……。内藤麻衣さんはどうでしょう。英語はもちろん、中国語とフランス語も話せますから、現地からもう一つの取引先とも交渉ができると思います。私よりアテンドとして適任かと」
「内藤か! 今回の出張にはうってつけじゃないか。じゃあ、川嶋の都合がつかなければ、今回はその方向で考えてみるか」
大商談を前に活気づく管理職会議で、有希は必死に平静を装いながら会議に集中しようと努力した。
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