言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
そこにはきっと、彼女たちの「守りたいもの」がかくれているのだ。
これは、それぞれが抱いてきた秘密と、その解放の物語。
大手外資系メーカー勤務の瑤子(43)は、は、妹の春奈と姪の英梨花を養いつつ、8歳歳下の恋人・彰人とも順調。しかしある日、乳がんが発覚。なんとか周囲に言わずに治療しようと考えるが、彰人にバレてしまう。ターニングポイントを迎えた瑤子が見つけた答えとは?
そして今回は、同じく小さな秘密を抱えたシングルマザー有希の物語。
第4話 航空会社総合職・有希(38)の話【前編】
「有希さん、私、朝お伝えしたとおり、今日は約束があるので失礼します!」
「あ、そうだね、そう言ってたよね……お疲れさま」
有希は反射的に笑顔を浮かべて、小さく手を挙げてから、一瞬混乱した。今、私が必死に修正してるこの資料、そもそも誰のぶん、だっけ……?
昭和生まれの有希は、平成生まれの後輩・麻衣と世代格差をひしひしと感じた。いや、そういう考え自体がもう古いのだ。
有希はおそらく平成に生まれようとも、自分の尻ぬぐいをしている先輩を置いて退社することはない。世代がどうというよりも、性格の問題に違いない。
「お先に失礼いたします」
幽体離脱気味に現実逃避している有希がはっと我にかえるころには、麻衣は目の前から消えていた。
「さすが28歳の美人さん……うん、プライベートも忙しいよね」
毒気を抜かれ、ははは、と力の抜けた笑いを浮かべてから有希は慌てて椅子に座りなおした。
時計は17時35分を指している。18時に出ないと、延長保育になり、娘の玲菜の3歳クラスにはほとんど友達がいなくなってしまう。
なんとか気合を入れると、手元のデータについて集中して考え始めた。
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