大人として心と体を守る知識を伝える


私がイメージしていたのは、性教育は「妊娠・中絶や性感染予防のためコンドームを使いましょう」というような内容でしたが、子どもに伝えるべきことは他にありました。

 

「アメリカの性教育を導入しても日本にはマッチしない場合もあります。日本の文化、さらに各地域の特徴に合わせた心の教育を踏まえた性教育がポイントです。
たとえば、人工妊娠中絶や性感染症が多い地域の背景に、男尊女卑思想が強い、言葉のコミュニケーションが苦手といった要素が潜んでいる場合があります。子どもたちの性問題や自虐・加虐問題の背景には、家庭でさみしい思いをしている子どもたちが多いことが隠れている場合もあります。私は、性教育の前にその地域のデータ分析をし、子どもたちの様子を観察し、話の切り口やニュアンスを変えていきながら、性行動を押さえつける教育ではなく、人生を豊かに育むことを伝えていきたいと思っています」(渡會先生)

このスタンスで渡會先生が各地で取り組んできた「心を育む教育」は、若年中絶・妊娠・性被害・性感染症の減少に確実につながっています。とはいえ、様々な性情報が簡単に手に入る今の時代。子どもに早めに「性行為」について教えたほうがいいのかと心配になります。

「性行為について、お家で教えることが可能であれば、ぜひ体の発達から自然に教えていただければと思います。ただ、脳の前頭葉が発達途中でもある思春期は、短絡的に物事を捉えたり、自暴自棄に行動を起こしたり、危険な時期でもあります。『大人が教えたから試してみよう!』と、性行為を安易に経験しないように、お子さんを大切に思う気持ちを充分にお伝えになった上でお教えいただければと思います。
性行為については、小学6年ごろから中学2年生ぐらいまでに、漫画や動画、友達からの情報で知ることが多いです。性に対して興味が出るのも正常な成長です。もしも、子どもさんが漫画や動画等を見ているのを発見した場合は、責めたり怒ったりせず、『大人になってきたんだね』『性に興味がわいてきたんだね』と冷静に話してみましょう。ただ、暴力、小児愛等の異常性の高い漫画や動画が多いのも現実。『こういう内容は、女の子はとてもつらく悲しくなるんだよ。家族がこういう目にあったら嫌だよね。これは現実にはあり得ないし、犯罪であることは覚えおいてね』とお話してもらえるとありがたいです。」(渡會先生)

お子さんの何かを見てしまいショックを受けても、取り乱す気持ちを抑えて、大人としての自分の意見はしっかり伝えておきましょう。たぶん、見られた方も慌てているはずです。
かつては茶の間で家族一緒にテレビを見ていました。そんな時に、ベッドシーンになると、かなり気まずいムードになったものです。今は一人で過激なAVなどを鑑賞するので、「こんなのありえないよ」と突っ込みもないので、フィクションか現実か区別できない子どもが増えています。さらにそれらをHow toにしてしまうので注意が必要です。

「大人の『しちゃダメ』の意味には、いろんな理由があります。思春期を迎え大人の仲間入りをしつつある時期にいるお子さんは、考える力も発達しています。ただ単にダメと言うのではなく、『しちゃダメ』の意味を一緒に考えたり、子どもの考えを聞いてみた上で話し合うといいでしょう」(渡會先生)

渡會先生は出張授業でも生徒たちに考えるように促し、話し合う時間を設けていました。

「子どもたちの気持ちを引き出しながら話をしていくと、自分で考え、それを自分の気持ちに落としこみ、自分の力にかえていくことができます。そして、今の自分の行動が、未来の自分にどう影響するのか見通す力をつけ、話し合う力や行動をコントロールしていく力に育っていけばと願いながらお話しさせていただいています」(渡會先生)

中学生のお子さんを持つ保護者の方への「心を育む教育」の講演も行っている渡會先生。そちらも見学させていただきましたが、みなさんとても熱心に聞き入っていました。

その感想をご紹介します。
「性教育=性交についてと思っていましたが、心を含めた教育が必要だと理解できた」
「『性の話→今の自分を大切にしよう』心にすとんと入りました」
「子どもとの関り方のアドバイスになりました!」
「思春期・反抗期の子どもとの向き合い方がよくわかりました」
「家庭でのかかわり方が子どもの心の成長に深く関係することがよくわかりました」
「体のことばかりに目が行っていたが、思春期は心の教育が大切と気づきました。子どもに愛していることをたくさん伝えたい」

思春期より豊富な経験値がある更年期は自分をコントロールできる力は備わっているはず。それでも、壁は殴らないまでも、ウツになったり、イライラが爆発したり、辛い時は「ハイハイ、更年期」と自分にいい聞かせ、病院に足を運んでみることもできます。そして年齢に関係なく、心を育むために大事なのは、人との「対話」。メールやLINEで済ませずに、日頃からダイレクトに話し合うことを意識したいもの。思春期も更年期も短い言葉のやりとりだけでは、心を豊かに育むことは難しいのではないでしょうか。みなさんは、どうお考えになりますか?
 

参考資料
渡會睦子.【小学生用紙芝居型教材】伝えたい「生」と「性」~生きるための心を学ぶ.東京:日本家族計画協会 2015.
日本家族計画協会発行 「人生を豊かに育む教育」(小学生向け)
・日本家族計画協会発行 生きるための心の教育(性教育)(中学生向け)

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渡會 睦子(わたらい むつこ)
東京医療保健大学医療保健学部看護学科教授
地域看護学・感染看護学 博士(健康科学) / 修士(看護学)/保健師 / 看護師 / 衛生管理者/公衆衛生学会認定専門家(日本公衆衛生学会) / 日本性感染症学会認定士(日本性感染症学会) /思春期学研究認定者・性教育認定講師(日本思春期学会)/Therapist (日本性科学学会) / 性の健康カウンセラー (性の健康医学財団)
【履歴】山形県を中心に保健師として性教育に取り組み、教育委員会と学校の先生方が性教育を円滑に行うことができるよう教材や仕組みをつくり、「20歳未満女性の人工妊娠中絶率」が、平成10年山形県は全国ワースト3位であったが平成22年には全国45位まで低下させることに成功。現在は、住民とともに活動する保健師の会を結成し、性教育を幅広く行っている。
著書『【パワーポイントスライド教材】人生を豊かに育む教育(小学生向け)』
(東京:日本家族計画協会)

 


監修/渡會睦子
取材・文/熊本美加 

 


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