言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
そこにはきっと、守りたいものがかくれているのだ。
これは人生のささやかな秘密と、その解放の物語。
第17話 推し活は突然に・最終話
「バースデーケーキのプレートは『隼人くんお誕生日おめでとう』でご用意しました。ろうそくも販売していますが、いかがいたしましょう?」
札幌の駅ビルで、直径15センチのホールケーキを購入した智美は、店員の言葉に満面の笑みで答えた。
「数字の3と6のキャンドルをお願いします」
店員は笑顔でケーキを渡してくれる。おそらく夫の36歳の誕生日だと微笑ましく思っているのだろう。
まさか、「隼人くん」が俳優の秋野隼人で、目の前の女が本人不在のバースデーパーティのためにケーキを注文したとは思っていないだろう。
智美はいそいそとケーキを運ぶ。今夜のライブ会場に近いビジネスホテルにはすでにチェックイン済みだ。このケーキはライブの余韻とともに、夜ホテルに戻ってからゆっくりと味わうつもり。
智美がこんな酔狂な企画を立てたことは、さすがに推し活の先輩、冴子と藍里にも詳しく言っていない。飛行機に乗ってライブに来たうえに、ホテルの一室でケーキを買って推しの誕生日を祝うとは、さすがにあの二人もドン引き必至だ。
それでも智美のウキウキは、止まらないどころか最高潮。
14時からチェックインできるホテルを探したので18時のライブ開始までは時間がある。それまでたっぷりと、ダウンロード済みのライブやドラマを鑑賞する予定だ。
「ぜ、贅沢すぎる……! 何、この旅行、ある意味ハワイより遠くに来た感じがする」
智美はスキップする勢いで、足早にホテルへと急いだ。
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