映画『おくりびと』で広く知られるようになった、「納棺師」という仕事。納棺師は故人について遺族に尋ねながら、でき得る限り生前の“その人らしさ”に近づけるように化粧を施し、旅支度を整え、納棺を行います。これまで4000人以上を見送ってきた納棺師の大森あきこさんは、著書『最後に「ありがとう」と言えたなら』の中でこう語ります。
「ご遺族は、亡くなった大切な方に何かしてあげたいという気持ちを叶えた時に、自分の持つ悲しみに向き合おうとするのかもしれません」
納棺師だからこそ出会った、その人らしい人生の最後と遺族の物語とは――。大森さんが見たある春の日の風景は、かけがえのないものに思いを馳せることの大切さを、改めて教えてくれるものでした。今回は本書から特別に、一部抜粋してご紹介します。


大切な人との別れ方は、誰も教えてくれない


皆さんは納棺師という仕事をご存じでしょうか。

亡くなった方の着せ替えやお化粧をし、生前のお姿に近づけていく仕事です。ご遺族の方に安心してお別れをしてもらうために、お体の処置を行います。

今では生と死は、カードの表と裏のように、いつひっくり返るかわからないものだと感じていますが、納棺師になる前の私にとって死はとても遠い存在でした。

父の余命を母から聞いた時でさえ、目の前まで近づいてきている父の死を、わざと見ないようにしていました。大切な人とのお別れは突然やってくることを私は知らなかったのです。

 

離れて住んでいた父のお見舞いの回数が少なかったことも、看病をろくにしなかったことも、10年以上経った今でも後悔しています。死は必ず訪れるものなのに、大切な人とのお別れの仕方を誰も教えてくれませんでした。

そして、もうひとつ後悔していることが葬儀です。

初めての身近な人とのお別れ。看病もろくにしなかった私が……という罪悪感で、誰かが作った葬儀に参加しているような心境でした。それでも納棺式で、父に旅支度をつけ、冷たい体に触れた時、父に何かしてあげることができた、と少しだけ救われた気持ちになったのです。私は父の葬儀をきっかけに納棺師という仕事をしようと決心しました。

プロとして失格と思われるのを覚悟して告白すると、私は自分の大切な人とのお別れが上手にできなかったことを後悔して、ご遺族のお手伝いをしながら心のどこかでお別れのやり直しをしているのかもしれないと感じることがあります。そして、心が動かされるお別れに出会うと、お手伝いできたことが本当に嬉しいと思うのです。