何年経っても“誰かを喪失した事実”がゼロになるわけではない
彩瀬先生はまさに九死に一生を得るような体験をされました。
彩瀬:震災は昼間に起こりましたよね。すごく天気もよくて、陽射しもキレイで、私の目の前にはまっすぐに伸びていて歩きやすそうな道が見えていたんです。でも沿岸沿いに行く道はさっき起こった地震で陥没していたんです。おじさんたちが三角コーンを立てて整備をしていて、ここは危ないからあっちへ行った方がいいよと内陸側というか、住宅街のほうを教えてくれました。そのときは電車で一緒だった人と歩いていたのですが、その方も隣の駅にご自宅があって、線路沿いに歩いていけば迷子にならなくて済むねと話していたくらいで。きっと1時間くらいで到着するからと、沿岸に沿って歩く気持ち満々だったんですよね。その気になればその陥没地点を迂回して、そのまままっすぐ進むことだってできたわけです。
だから、生き残った私とまっすぐ歩いていきそうだった私は、すごく分類しにくいもの、なんです。だから小説では、私ともうひとりの私を隔てたものとしては書けないな、というのはありました。じゃあそれをどう表現するかと思ったときに、まだ自分がどういう人間なのかも理解していない学生時代にすごく近い距離で接していたふたり(すみれと真奈)で描こうと思ったんです。この子がツラいと思うことは自分もツラいと思うだろうと思える、まだお互いが何者でもない頃に隣で時間を共有した友人、という造形になりました。
東日本大震災から今年で11年目。『やがて海へと届く』が発行されたのが2016年なので、そこからもすでに6年が過ぎようとしています。冒頭にも記したように、先日も宮城県、福島県ではかなり強い揺れの地震が起こりました。まだ過去の話として捉えるには難しい出来事ですが、もし真奈が実際に生きている女性として存在しているとしたら、今をどのように過ごしていると思われるのかを、最後に質問しました。
彩瀬:真奈からすれば親しい友人を失うという出来事でしたが、それが起こった直後は100%目の前にある事実です。ただ、それは年月が経っても決して0%になることはありません。私は震災で景色が一変してしまうことについて【今目の前にある世界への信頼感を失くす】という捉え方をしたんですけど、今自分がいる世界は一瞬で壊れる可能性があるものだという理解は決してなくならないし、本当に多くの方が被害にあわれて、大切な方を失くされて、その縁者の方々にとっては何年経っても“誰かを喪失した事実”がゼロになるわけではないと思っています。
ただ、そういった感覚と共に生きていくことだと思うんです。真奈は、もしかしたら同じ仕事をしているかもしれないし、違う仕事に就いているかもしれない。何か新しい人間関係、新しい親しい友人をつくっているかもしれないけど、【すみれを失った】という事実と生きていくことは変わらないだろうし、その変わらないってことも別に刺激的ではなくて普通のこと――。ずっと“普通のこと”と捉えて、生きていっているんじゃないかなと思います。
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彩瀬まる
1986年生まれ。2010年「花に眩む」で第9回「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。自身が一人旅の途中で被災した東日本大震災時の混乱を描いたノンフィクション『暗い夜、星を数えて 3・11被災鉄道からの脱出』(新潮社)を2012年に刊行。『やがて海へと届く』で第38回野間文芸新人賞候補、『くちなし』(文藝春秋)で第158回直木賞候補となる。
映画『やがて海へと届く』岸井ゆきの&浜辺美波の繊細な演技が光る
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『やがて海へと届く』(講談社文庫)
彩瀬まる ¥704
すみれが消息を絶ったあの日から三年。真奈の働くホテルのダイニングバーに現れた、親友のかつての恋人、遠野敦。彼はすみれと住んでいた部屋を引き払い、彼女の荷物を処分しようと思う、と言い出す。親友を亡き人として扱う遠野を許せず反発する真奈は、どれだけ時が経っても自分だけは暗い死の淵を彷徨う彼女と繋がっていたいと、悼み悲しみ続けるが――。
<作品紹介>
『やがて海へと届く』
4月1日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー!
キャスト:岸井ゆきの 浜辺美波/杉野遥亮 中崎敏/鶴田真由 中嶋朋子 新谷ゆづみ/光石研
監督・脚本:中川龍太郎
原作:彩瀬まる「やがて海へと届く」(講談社文庫)
脚本:梅原英司 音楽:小瀬村晶 アニメーション挿入曲/エンディング曲:加藤久貴
エグゼクティブ・プロデューサー:和田丈嗣 小林智 プロデューサー:小川真司 伊藤整
製作:「やがて海へと届く」製作委員会 製作幹事:ひかりTV WIT STUDIO
制作プロダクション:Tokyo New Cinema
配給:ビターズ・エンド ©2022 映画「やがて海へと届く」製作委員会
公式HP:https://bitters.co.jp/yagate/
公式ツイッター、公式インスタグラム:@yagate_movie
撮影/三原久明(彩瀬さん)
取材・文/前田美保
構成/川端里恵(編集部)
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