言いそびれた言の葉たち。いつしかそれは「優しい嘘」にかたちを変える。
これは人生のささやかな秘密の、オムニバス・ストーリー。
妻の、世界で一番みじめな作戦
「それじゃ、慶介さんの不倫、ついに問い詰めたのね? ……彼はなんだって?」
夏美は、平静を装って伏し目がちに紅茶のポットを傾けながら、里香に尋ねた。
平日午前中の代官山のカフェは空いていて、周囲に気兼ねなく話せるのは、店を指定した彼女の配慮だろう。前回は里香が突然泣き出したから。さばさばしているように見えて、人情家の夏美に、里香はこれまで幾度となく助けられてきた。
「それが、言い訳もしないの。『10歳年下の彼女の人生をめちゃくちゃにしたら責任とれるの?』ってきいたけど、反論もせず、出て行ったわ」
「ええ……そこはしらばっくれるかひたすら謝るところだと思うけど。慶介さん、どうしたいんだろう? 里香は? 子どももいないし、まだアラフォーなんだから、もうさっぱり別れるのもアリなんじゃない?」
中学生の娘がいる夏美から見れば、子どもがいないことで身軽に映るに違いなかった。
「そうだよねえ」
里香は味方であるはずの女友達に吐き出す愚痴さえ出てこない自分に、驚いていた。心が疲れて、麻痺してしまったようだ。
このことに、長く耐えすぎたのかもしれない。回らない頭で、この場で妥当であろう言葉を口にした。
「もう別れるしかないのかなあ」
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