人には言えない“裏垢”には功もあれば罪もある？『不動さんの裏垢活動』

密かな楽しみの裏垢が、ある日突然「炎上」！

そんなある日、なぜか不動の裏垢が炎上してしまいました。いつもと同じように、顔は出さずに脚のみの投稿だったはず。「良くんの配信で取り上げられたからって調子に乗るなよBBA」というコメントを見つけ、そこで初めて、人気SNS「KLART」でライブ配信を行っている美形男子高校生・良が、不動の裏垢を「それが超綺麗でさ〜 まさに俺の理想の脚って感じ」と話していたのが炎上のきっかけだったことに気づきます。

良本人は、美脚だと褒めていましたが、良の熱心な女性ファンからすれば嫉妬の対象。不動も、良から自分の写真が褒められて悪い気はしませんでしたが、実際に自分の裏垢に心ないコメントが殺到して困っているだけに、良にDMを送って注意喚起をしました。すると良からは即レスで、アーカイブを削除することを約束してくれました。これで一安心と思いきや、炎上は全く鎮火しないどころか過激さを増すばかり。過去の投稿まで荒らされるようになり、不動にとって唯一のオアシスであった裏垢の投稿をやむなく休止することにしたです。

すると、良本人から「会って直接謝りたい」というDMが来ました。自分から謝罪を申し出るところに好感を抱いたものの、リアルで会うとなると、美脚のお姉さんじゃなくて、ただのおじさんなわけで、会うなんてとんでもない！　と思うはずですが、その時、家でお酒を飲んでいた不動は、会って謝ってもらい、パンケーキでも奢ってもらえ！　と酒の勢いで返信してしまいます。

当日、待ち合わせ場所に行ってみると、確かに良の姿がありました。不動はその姿を確認したものの、さすがにおじさんの姿を晒す勇気はありません。待ち合わせをすっぽかして帰ろうとした時、良から電話がかかってきて、二人は至近距離にいたために、不動の存在は即バレ。性別を偽っている“ネカマ”であることもバレてしまい、「終わった……」と愕然とする不動を前に、良は「敬さんって男の人だったんだ」と極めて自然体。

良は素直に、不動の裏垢を炎上させてしまったことを謝ります。そして、不動がアカウントを一時的に休止しているだけで、削除するつもりがないことを確認すると、「よかった〜!!」とよろこぶ良（良くん、いい子だ！）。謝罪も済んだところで、パンケーキ屋に向かおうとする良ですが、逆に驚いたのが不動。自分が脚のきれいなお姉さんではなくて単なるおじさんであることをそのまま受け入れ、さらにはおじさんである自分と一緒にパンケーキ屋に行くなんて信じられなかったからです。でも、良は全く意に介せず、一緒にパンケーキを食べることになります。

美形男子高校生が、おじさんの美脚写真をキモがらない理由。

不動はパンケーキ屋で、いい歳したおじさんである自分が、ストッキングを履いて脚を自撮りしていることに引かないのか？　と良に聞きます。良の答えは、「引かないよ だって好きなんでしょ？　そこに男とか女とか関係ないじゃん」

不動はかつて、自分が中学生の頃に脚を褒められて嬉しかったのと同じく、ふた周りも歳の離れた男子高校生に、自分が密かに好きでやっていたことを肯定され、救われた気持ちになるのでした。これをきっかけに、良との交流が始まった不動。さらには、パンケーキ屋のように一人では行きづらい、“映え”スポットに一緒に行く仲間ができ、“映えない”人生を歩んできた（と自分で思い込んでいる）不動に、少しずつ変化が訪れることになります。

この作品を読んでいると、改めて“裏垢”について考えさせられます。正式には「裏アカウント」の略でいわゆるネットスラングですが、「裏」「垢」という漢字も相まって、どうも後ろ暗さが拭えないところもあります。目的に応じて上手に使い分けている人もいれば、不動のように性別を偽り、人には言えない裏の自分を出す場として使っている人もいます。後者であれば、頭のどこかで悪いことをしているという意識を持ってしまうかもしれません。

でも、裏垢を使って活動しているからといって、「＝悪いこと」というわけではないはずです。不動の自撮り美脚写真が誰かに迷惑をかけたわけでなし、性別を偽っている“ネカマ”だからといって、誰かを騙したわけではありません。不動は分別のある大人で真面目な性格だからこそ、裏垢を必要以上に悪く捉えていたところがあったわけですが、そんな不動の考えを一気に雪解けさせてくれたのが、良でした。良の先入観のない素直さと、何事も否定しない姿勢は、不動にとってはまさに目からウロコ。男子高校生とおじさんが休日に映える料理を食べに行くなんておかしい、というのだって、あくまで不動の捉え方の一つであり、本来は当事者が楽しければそれでいいはずです。

良との交流を通して、そうしたことに一つずつ気づいて変わっていく不動の姿を見ていると、自分にも知らず知らずのうちに決めつけて自分を縛っていた部分があることに気付かされます。また、良の屈託のない明るさや、何事も楽しんでいる姿を見ると、もっと自由にしてもいいんだと背中を押してもらえるようです。

また、SNSにたくさん投稿していると、『やたらと「いいね」を欲しがるのは、強い承認欲求の現れ』などと揶揄されることもありますが、誰かが自分のことに反応してくれて、「いいね」と言われてうれしい気持ちになるのは自然なこと。「いいね」欲しさに過剰になりすぎるのは論外ですが、小さな「いいね」ひとつが、明日も頑張れる糧になるのなら、それは大切にしてもいいと思うのです。

42歳の不動と、高校生の良という歳の離れた二人が楽しそうにしているのを愛でるのもよし、ずっと地味に生きてきた不動の遅ればせながらの成長物語として見守るもよし、好きなことを楽しむヒントとしてもよし、いろんな読み方ができる作品です。

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