「球体関節人形」をご存知ですか? その名の通り、関節が球体になっていて自由にポーズをつけられる西洋人形の一種です。でも、日本では独自の発展を遂げ、耽美的な世界観を形成。その繊細な美しさに魅了されている人がたくさんいます。マンガ『アマネ†ギムナジウム』の主人公で、人形作家の宮方天音(みやかたあまね)もその一人。本作は彼女が“秘密の粘土”で創り出した7体の球体関節人形の少年たちとの物語で、4月22日からは舞台『アマネ†ギムナジウム オンステージ』が上演されます。

『アマネ†ギムナジウム(1)』 (モーニングコミックス)


収入の大半をつぎ込み、球体関節人形を作る派遣社員


球体関節人形の魅力とは何か? 人形作家の宮方天音が言うには、「妖しくて 生々しくて 美しくて」そして、人形ではなく「生きてる子供と一緒」――。

 

27歳の天音は銀座のギャラリーで球体関節人形の個展を開き、固定のファンもいるほどの実力の持ち主。でも、普段の姿は、門前仲町にある亡き祖父の持ち物だった築80年の風呂なし一軒家に住み(親に毎月7万円の家賃を払っている)、社内でも目立たない派遣社員でした。実家の母からは結婚をせっつかれているものの、年齢=彼氏いない歴で、収入の大半を人形作りに費やしているために、食費にも事欠いています。

 

ある日の昼休み、天音は白米に梅干しだけ乗せた弁当を公園で食べながら、一冊のノートを見ていました。突然声をかけてきたのは、同じ職場の男性社員・笹井涼介。ノートは天音が中学生の頃に書きためたもので、表紙には「アマネ†ギムナジウム」というタイトルが記されていました。天音が好きな萩尾望都先生の「トーマの心臓」はドイツの全寮制学校「ギムナジウム」を舞台に、10代の少年たちの友情や恋愛、心の葛藤などを丁寧に描いた名作ですが、天音もそれに触発されて自分だけのギムナジウムを作ってみたいと思い、ノートにギムナジウムの設定やそこに在籍する少年たちの姿や性格などを書きためていたのです。

 

偶然立ち寄った画材屋での、運命の出会い


涼介に聞かれるがままに力説してしまった天音でしたが、彼がいなくなってから思わず熱弁を奮った自分に自己嫌悪を覚えます。就業後、天音が向かったのはとある画材店。しかし、店に到着すると「閉店セール」の張り紙があり、天音はショックを受けます。この店は、19歳の時に美大受験のために上京した天音が偶然見つけた店で、店主の西園寺徳一は人形歴45年のベテラン作家。彼が作った球体関節人形に魅了された天音は、美大受験には失敗してしまいましたが、徳一に人形作りを教えてもらい、人形作家として歩み始めたのでした。

 

78歳になり、店をたたむことに決めた徳一は、いつか使おうと取っておいた人形7体分の粘土を天音に譲ります。50年前のものですが、ある秘密があると言います。天音はこの粘土を使って、中学生の頃に描いた「アマネ†ギムナジウム」の7人の少年たちの球体関節人形作りに取り掛かります。次回の展示会に合わせて7体も作るので、寝食を惜しんで制作に没頭します。

 

搬入前日の夜になんとか完成させた天音は、徹夜続きのハイテンションそのままに、ほんの少し残った粘土で自分用に十字架のネックレスを作ります。これがあとからとんでもないことを引き起こすことになるのですが……。


秘密の粘土は、魔法がかけられた粘土だった!


苦労して作った甲斐があり、天音の作品は大好評。会場には涼介も花束持参で来てくれました。人形作りのことは職場で秘密にしていた天音ですが、涼介は会社の人たちには内緒にすると約束し、天音の人形を絶賛してくれたのでした。作品を売ってほしいという人形コレクターも現れましたが、天音は断ってしまいました。もし売れていたら1体30万円×7体で、展覧会場のギャラリーと折半で105万円も入るはずだったのに、それを棒に振ったことになります。それでも、天音が心血を注いで作った人形たちはただの人形とは思えず、特別な存在になっていたからでした。

 

自宅で人形を眺めている時に思い出したのが、粘土を譲ってくれた徳一の言葉でした。あの粘土には魔法がかけてあり、完成した人形に口づけをすると美しい光を放つというのです。天音は半信半疑ながらも、1体ずつに語りかけながらキスをしていきました。その時は特に何も起こらず、寝てしまった天音でしたが、翌朝、彼らが強い光を発しながらそれぞれが意志を持つ人間のように動き始めたのでした。

好き勝手に振る舞う少年たちや、中学生の頃の自分が創り出した「アマネ†ギムナジウム」の妙に細かな設定に振り回されることになる天音。そんな天音に気さくに接してくる涼介も何かを抱えている様子です。自分の考えたことや創り出したものが現実のものとなり、創造主のようになってしまった天音の奮闘ぶりがコメディとして楽しいのはもちろん、個性豊かな少年たちが抱える悩みや葛藤も丁寧に描いていて、作品にどんどん引き込まれていきます。

奇抜な設定ながらも、古屋兎丸先生ならではの丁寧かつ耽美的なタッチによって説得力が増し、ぐいぐいと読ませます。生身の俳優たちが人形を演じる舞台も、見応えがありそう。天音が創り出した「アマネ†ギムナジウム」の世界とその行く末をぜひ原作で堪能してみて!

舞台『アマネ†ギムナジウム オンステージ』

©古屋兎丸・講談社/アマネ†ギムナジウム オンステージ製作委員会
2022年4月22日(金)~5月15日(日)
Mixalive TOKYO Theater Mixa(東京都豊島区)
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作者プロフィール
古屋兎丸(ふるや・うさまる)

1994年に「ガロ」より『Palepoli』でデビュー。
主な著書に『ライチ☆光クラブ』『インノサン少年十字軍』 (太田出版)、『幻覚ピカソ』『帝一の國』(集英社)、『人間失格』『女子高生に殺されたい』(新潮社)などがある。
近年は、描き下ろし作品を展示した個展を開催するなど、漫画家業に収まらない活動も精力的に行っている。

『アマネ†ギムナジウム』
古屋兎丸 講談社

耽美な人形作家・宮方天音(みやかたあまね)の素顔は、地味な派遣社員。
ある日、贔屓にしていた画材屋を訪れた天音は、店主・西園寺徳一(さいおんじとくいち)から店じまいをすることを告げられる。
途方にくれる天音だったが、代わりにもらった50年前の粘土を元に、どうにか7体の少年たちを作り上げる。

無事、個展を終えた天音は、徳一から告げられた「粘土の秘密」を思い出し、人形たちに“あること”をしてしまい——。