運命の人との出会いは意外なところ
「CAの広報活動として、航空業界関連雑誌の取材を受けた時に、『イラストを描いているんです』と編集の方に話すと、『ぜひうちの雑誌で連載を』とお話をいただいて。そこから30年、今日に至るまで連載をしているので、人間どこできっかけを掴めるかわかりません。どうご縁が繋がるかわからないから、口に出したり、行動したりすることが大事ですね。
その頃プライベートでは、金沢で中学校の同窓会があって、久しぶりに帰郷したんです。そうしたら、のっそりとしたキリンさんのような穏やかな同級生と再会。ちょっといい雰囲気になりました。聞けば、彼も男性ばかりの会社で働いていて、恋人ができないと嘆きます。まさに女社会で生きる私と同じ。
正直言ってお互いに、『もうこの機会を逃したら結婚なんてできない!』という感じです(笑)。まあそれは冗談ですけれども、同郷でやっぱりホッとするような気持ちもあり、すぐにお付き合いが始まり、あっという間に結婚することになりました」
お子さんも授かり、宿泊を伴うフライトと育児を両立するのは難しく、10年以上に及ぶCA生活の幕を閉じたNOKOさん。
育児に奮闘しながら、それでもイラストの仕事は決して手放さなかったといいます。
「CAを辞めてからは、育児、家事、料理など、さまざまなジャンルをネタにして描きました。取材の時はベビーシッターさんにお願いするなどして必死でやりくり。今思うと、締め切りもあるし、綱渡りでしたね。
でも、イラストの仕事は私にとって宝物。心から楽しいと思える貴重な時間でした。収入にしたら、微々たるものです。でも絶対に諦めないと決めて、育児と両立しながら目の前の仕事にコツコツ取り組みました」
無我夢中で二人のお子さんを育てながら、さまざまな媒体でイラストレーターとして仕事を続けたNOKOさん。いつのまにか10年の歳月が流れ、上のお子さんが中学受験を控えた2005年のことでした。
「夫に福岡転勤の辞令が出たんです。青天の霹靂でした。『え!? もうすぐ受験だけど、今さら止めるなんて無理! でも、単身赴任も……』と動揺しながら、とりあえず福岡の学校にも願書を出して。
あの時は本当に、人生で一番くらい悩みました。子どもは中学生と小学生。家族が一緒に暮らせるならば、その方がいい。でも福岡に行ったら、私は取材のある仕事は難しい。せっかく一から切り開いた大事なご縁も、ここで全部ご破算だと思いました。フリーランスで働く者にとって、これは恐怖です。もう仕事はもらえないかもしれませんから」
悩んだNOKOさんの答え。それは、一家で福岡に帯同するというものでした。お子さんがまだ小さく、転勤について行くとしたらこれが最後になるだろう。家族の時間を優先しようと考えました。
お子さんは合格した福岡の学校に入学を決め、4人で新天地でのスタート。そしてNOKOさんは、社会人になって初めて仕事がゼロになってしまいます。
「さて、どうしよう。子どもが二人とも私立に通うとなると、学費も稼がなきゃ! と。それで、もう贅沢は言っていられないと思って地元の求人広告を見ていて、ふと、昔占い師さんに言われた一言が頭をよぎったのです。
『あなた、先生と呼ばれる仕事に就くと、お金がすごく寄ってくるわよ』と」
NOKOさんの目は、求人広告の中の、学習塾経営の欄にピタリと吸い寄せられました。
NOKOさん1960年生まれ、石川県金沢出身。18歳で単身アメリカに渡り、語学学校に通う。帰国後、大手航空会社のCAに。10年間フライトをした経験をユニークなイラストで描き、人気を博す。著書『NOKOの笑うCA』。
▶Twitter:@NOKO64624906
構成/山本理沙
写真/高山浩数さん
イラスト・スナップ写真提供/NOKOさん
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