突然の心肺停止から奇跡的に生還した、医療ライターの熊本美加さん。その体験をマンガ化、医師監修の役立つ情報とともにまとめたのが、『山手線で心肺停止! アラフィフ医療ライターが伝える予兆から社会復帰までのすべて』です。
今回は、心肺停止から目を覚ました後に起きたことについて、教えてくれました。
心肺停止から2週間後――目を覚ました私。周囲がほっとしたのも束の間、脳へ酸素供給が滞った影響で、別人格になっていました。まさに映画『ペットセメタリー』のようなホラー状態で、周囲を凍り付かせたのです(詳しくは本書をご覧ください)。
私が妄想や幻覚に襲われ、暴言を吐き、凶暴化したのは「せん妄」だったのでしょうか?
リハビリでお世話になったベテラン臨床心理士・山本真裕美(東京都リハビリテーション病院)先生に伺ってきました。※漫画では鈴木先生
「通過症候群」と「せん妄」はちょっと違う!
「せん妄と通過症候群は少し概念が違う用語なのですが、
・せん妄……せん妄は意識の水準と質が一時的(数時間~数日)に変化するもので、要因は様々
・通過症候群……脳卒中や脳外傷で脳にダメージを受けた方が、急性期の意識が回復する過程で一時的に起きる妄想・暴言などの症状
せん妄は、夜中や寝ている時に突然興奮し、妄想や幻覚に支配されて錯乱状態になる。逆にぼーっとして活動性が著しく低下して眠ったような状態になる。高齢者で軽い認知症の方にも見られ、自覚はありません。普段通り生活をしていていきなり起こることはなく、環境の大きな変化や手術などの身体のダメージで一時的に出現すると言われています。
通過症候群は年齢や昼夜関係なく起きます。脳ダメージの程度によりますが、当院のような回復期リハビリテーション病院に転院される方は急性期に1週間から数ヵ月程度の通過症候群を経て来院される方が多いです。その期間が過ぎて残るのは、高次脳機能障害の症状です」(山本先生)
まさに昼夜問わず暴れた私は「通過症候群」の典型的な症状だったのです。しかし、脳にダメージを受けた場合、誰もがそういった状態になるのでしょうか?
「症状が軽い方や、うつ状態になる方もいらっしゃいます。急性期病院では突然の入院でわけがわからない状態ですし、熊本さんの場合は逃げようして暴れたため、致し方なく拘束されていますので、余計に不安と恐怖が増し攻撃性が強く出たのでしょう。急性期の看護師さんもお医者さんは経験上、時間の経過と共に落ち着いてくると理解し、『今は大変な時期』となだめたり、難しい場合はお薬や点滴で対応してくれていたはずです」(山本先生)
私は2回脱走&捕獲された後は、腰に鍵付きベルトを付けられ、ベッドの下には動くと作動するセンサー付きのマットがひかれ、食事はナースステーションで監視されながらでした。それで完全に威嚇モードになっていました(苦笑)。面会に来てくれた姉にも「二度と来るな」と怒鳴りつけたとか……。
私のような「通過症候群」の患者と向き合う時に、家族はどうしたらいいでしょう?
「本人の安全を脅かすようなことは発言しないように気を付けましょう。火に油を注ぐ恐れがあります。もちろん、お見舞で手を握って声掛けするのは有効です。ご家族の声を聞くと、本能的に落ち着くことがあります。ただ少しの刺激に興奮してしまうこともあるので、その場合はご家族はそっと見守ることが必要で、時間が解決する部分もあります。コロナ禍で直接面会ができない今も、スマホでのテレビ電話でご家族やお友達の声掛けだけでも患者さんたちは笑顔になりますね」(山本先生)
高次脳機能障害の評価って?
リハビリ病院に転院した頃には、私の「通過症候群」の症状は落ち着きかけていて、高次脳機能障害のリハビリの要となる心理療法がはじまりました。ですが、なぜリハビリを受ける必要があるのかすら、私はわかっていませんでした。
「もともと注意力は散漫だし、年と共に物忘れは増えているし、怒りっぽいのは性格。私に障害があるなんて、どうやって判断できるんですか? 心理療法なんて必要ないしテストは受けたくありません」、と初対面の心理療法士の山本先生に食ってかかったのです。
しかし、山本先生は私の主張を丁寧にすっかり聞いた後に、
「これからしっかり調べていきましょう。後のことはゆっくり一緒に考えていきましょうね。点数を競うテストではないので、安心してください」と対応してくれたのを覚えています。
「最初はここが安全な場所であり、私は敵でもライバルでもなく味方であると患者さんに伝えることが第一歩です。それから、私の場合は、患者さんの現在の状態、何が困っているかを具体的にイメージしてお話を伺っていきます。『自分の症状を理解してもらえた』と安心していただけると、患者さんは私の話を聞いてくれるようになり、ご自分のお話しもしてくださるようになることが多いんです」(山本先生)
私は、心理療法とは、何かにおびえて凶暴化した動物を「はいはい、よしよしよし~」と落ち着かせるムツゴロウさんのようなテクニックだったと感じました(笑)。山本先生は、私を絶対に否定しなかったので、私は味方と認識したのです。そこから、山本先生に絶大な信頼を寄せるようになり、自分が注意力や記憶力が落ちてしまったことを理解し、それを補うためのアドバイスを素直に受け入れて、リハビリに取り組めるようになったのです。
心理療法は自分を見つめ直す作業
心理療法では、目には見えない知的機能や認知機能、脳ダメージ、さらに無自覚なメンタルダメージまで細かく調べるため、認知機能、心理テスト、IQテストで評価が進められました。つまり、毎回テスト! 正直、相当ストレスを感じてもいました。
でもそこから、私は元々処理能力のスピードは高いけれど、慎重さにかけ、パパッとやってミスを起こしがちなタイプと指摘をされました。「えっ、占い師?」と思うほど大正解。その私の傾向が、今回の病気による脳ダメージで助長されていることが明らかになったのです。すごくないですか?
「占い師じゃないですよ(笑)。たくさんの患者さんをみてきた経験から、『これは高次脳機能障害の症状』『これは元々じゃないか』と、検査のプロフィールや、患者さんの行動や言動を見てきて判断できることが多くなりました」(山本先生)。
カウンセリングを通じ、自分をさまざまな角度から見直し、性格や能力などの長所や短所と向き合い、これからどう生きていくかについてアドバイスをもらえたことは大きな支えになりました。
心理療法では脳ダメージによって、抑うつ、不安、感情の乱れ、動揺、妄想、不眠などの後遺症が出る人も多いため、不安な環境因子を取り除くアドバイスなどで、精神面の状態もしっかり見極めてサポートしてくれたのがありがたかったです。
病気のリハビリだけでなく、もしも心がつらいと感じている方がいたら「臨床心理士」のカウンセリングを受けてみると、自分の心のクセを客観的にとらえるいい機会になるかもしれません。
私は急性期のスクリーニングで認知機能に問題があるとひっかかりましたが、そうではない方もいらっしゃるのでしょうか?
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山本真裕美
公認心理士、臨床神経心理士。東京都リハビリテーション病院勤務。高次脳機能障害学会、リハビリテーション心理職会に所属。