コミックエッセイ『山手線で心肺停止』。隠れ心臓病の突然死の怖さに注目が集まりがちですが、リハビリ体験もしっかり綴っています。

 

みなさんはリハビリにどんなイメージをお持ちですか? 私は単純に運動することだと思っていたのです。しかし、リハビリは生じた障害を良くするだけではなく、その人らしさを取り戻すためのもので、実に多種多様でした。ひとりひとりの心身の症状を見極めながらのチーム体制でリハビリプログラムは組まれます(詳しくは本書を参照ください)。私がこうして社会復帰できたのはリハビリのお陰に他ならないのです。


どんな人がリハビリ病院にいるの?


私の入院した「東京都リハビリテーション病院」は、脳に損傷を受け生活に支障をきたす「高次脳機能障害」への対応が特徴で、比較的に若い患者さんが多く、仕事や学校に戻るための支援に力を注いでいます。

「男性が比較的に多く、高血圧、糖尿病、高脂血症などに生活習慣病を持っている方は増加傾向の印象があります。働き盛りの方は健康診断で再検査を指摘されても、実際に痛くもかゆくもなければ、放置してしまいがちです。もちろん、熊本さんのように問題がなかった方もいますが、非常に少ないです」

 

私のリハビリを担当してくれた作業療法士の大場秀樹(東京都リハビリテーション病院)さんが言うように、やはり生活習慣病を持っている方は、血管・血流のトラブルは高リスクなのは間違いありません。「生活習慣を整えましょう」と耳にタコができるほど聞いていても、症状がなければ病院にいく人は少数派で、時間も費用もかかるのでつい後回し。しかし、私のように甘く見ていると、「まさか」に足をすくわれることも……。「損して得取れ」、「急がば回れ」ではありませんが、病院へ行く手間を惜しんだために、私は命まで失うところでした。

【漫画】「健診受けてるから大丈夫」が命取りに...突然の心肺停止から搬送されてどうなった>>


リハビリは「訓練」ではなかった


私は本の中で、リハビリをトレーニングという意味で「訓練」と表現しています。ところが本を読んだ親友の妹さんでベテランの作業療法士から、「訓練という言葉は上下関係を連想させるので違和感があります。リハビリプログラムはセラピーであり、プラクティスであり、エクササイズです」との指摘を受けました。確かにその通りで、実際にリハビリ担当者とは対応な関係でした。いろいろできなくでも、どうすればできるかを一緒に考えてリハビリは進められました。押し付けは一切なく、怒られることもなく、励まし、課題に寄り添い、徐々に目標をあげていく絶妙なさじ加減でした。
「リハビリは転んだあとの杖」だと私は感じたのです。心肺停止、脳卒中、事故などで、家族や自分が、今まで通りの生活が奪われ絶望した時に、生きていくための杖を授けられ、それを自分用に削ったり何かをくっつけたりと、経験でカスタマイズしていく工程。セラピー&プラクティス&エクササイズがPRGで武器をレベルアップするようなものだったと振り返ります。

ですがゲームとは違いリハビリには終わりはありません。今の自分の生活でも、約束を忘れ、ミスをしでかし凹むことはしばしば。その度にスケジュール管理方法を見直し、出がけに忘れ物がないように玄関に「マスク・ケータイ・財布・老眼鏡」と大きくかいたメモを張り付けてみる。そんな感じで転んだ先の杖のアップデートを継続しています。

 
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