巨匠・宇野亞喜良さんと田島征三さん。ともに日本を代表するイラストレーター・絵本作家であり、80代のお二人が「ネコ」を主役にしたコラボレーション作品を発表し、注目を集めています。
コラボのきっかけとなったキャットドクターの南部和也さんに、制作の背景や、「日本のペット事情」について教えていただきました。

 

南部和也(なんぶ・かずや)
北里大学卒。千葉県で動物病院を開業後、米カリフォルニア州のTHE CAT HOSPITALで研修。帰国後、東京都でネコ専門の病院を開業。さまざまなネコの診療にあたる傍ら、作家としても活動。宇野亞喜良と田島征三による新作『ルイの冒険』では文章を手がけた。

 

キャットホスピタルの患者がきっかけで……!


絵本『ルイの冒険』は、南部和也さんが書いた子猫ルイの物語に、美しく幻想的な画風で知られる著名なイラストレーター・宇野亞喜良さんと、日本を代表する絵本作家として数々の作品を世に送り出してきた田島征三さんが絵をつけるという大胆なコラボレーションによって生まれました。

絵本『ルイの冒険より』

「僕は猫を専門的に診るキャットドクターとして病院で診療を行う傍ら、物語を書いています。宇野先生(が飼っている猫)は僕の病院の患者さんで、田島征三は僕の叔父。そういったご縁もあり、『ルイの冒険』でこの奇跡的な競演が叶いました」

物語のインスピレーションが生まれたのは、音楽からだという。

「宇野先生と同じく僕の病院の患者さんであるピアニストで作曲家の、妹尾美里さんからCDアルバムをいただいたのがきっかけです。

妹尾さんの奏でるピアノの高い音が、子猫が母猫を呼ぶときの鳴き声のイメージと重なって、『子猫がお母さんを探す物語が書きたいな』と思いついたのです。物語が出来上がったところで宇野先生に披露したら、『僕が絵を描きますよ』と言ってくださいました」

宇野亞喜良さんといえば、さまざまな作品で少女と猫を多く描き、その繊細でありながら物語性を感じさせる独自のイラストに魅了される女性ファンも多々。一方の田島征三さんの絵は、『ちからたろう』などでおなじみの力強いタッチと鮮やかな色彩が特徴です。

 

左/宇野亞喜良(うの・あきら)
1934年生。イラストレーションを中心に出版、広告、舞台美術など多方面で活躍。講談社出版文化賞さしえ賞、日本絵本賞、全広連日本宣伝賞山名賞、読売演劇大賞選考委員特別賞などを受賞。1999年に紫綬褒章、2010年に旭日小綬章受章。

右/田島征三(たしま・せいぞう)
1940年生。多摩美術大学卒。1969年に世界絵本原画展「金のりんご賞」、1974年に講談社出版文化賞絵本賞、1988年に絵本にっぽん賞、2019年に巌谷小波文芸賞、2021年にENEOS児童文学賞受賞。

「物語のクライマックスで、子猫ルイを襲おうとするクモが登場するのですが、そこで僕は田島征三の絵本『くもだんなとかえる』のクモを思い出して……。

『くもだんなとかえる』は“内容が怖すぎる”という理由から、発売後1週間で回収となったいわくつきの絵本なのですが(笑)、『田島征三にクモを描いてもらったら、面白いのではないか?』と思いついたのです」

「ドキドキしながら征三に話をしてみたら、彼は『そういった実験的な試みは僕も好きだが、ひとつ間違えると大変な失敗になるかもしれないぞ』と驚きながらも、『やる』と言ってくれました。宇野先生も了承してくださり、お二人の絵を融合した絵本の制作が本格的にスタートしたのです。

以来、私の頭の中には『大変な失敗になるかもしれないぞ』という征三の言葉がときどきよぎりましたが、『絶対に成功させよう』という強い気持ちで突き進みました。僕だけでなく、宇野先生や征三のチャレンジ心もあったからこそ、この絵本ができたのだと思っています」

絵本『ルイの冒険』より


遺伝疾患に苦しむ犬たち


南部さんはキャットドクターと絵本作家という、まったく異なる2つの仕事をしています。キャットドクターを目指したのは、どういった経緯があったのでしょうか?

「北里大学の獣医学部を卒業して獣医師の国家資格を取った後、獣医師として地方で開業。さまざまな動物を診ていたのですが、そのころはちょうどバブル期で、シベリアンハスキーなどの大型犬を飼う人が増えました。

売れるからとたくさん繁殖した末に生まれた血統書付きの犬には遺伝疾患をもつものも多く、診療ではその疾患に苦しむ犬たちに直面しました。獣医師としては患畜が多いほうが稼げるという点はありますが、苦しむ犬たちを見るのはつらかった。

当時、猫はまだそういったケースが少なかったこともあって、“ドメスティック・キャット”と言われる飼い猫(イエネコ)に目が向くようになり、アメリカに渡って猫についての勉強をしました。そして帰国してから、猫専門の病院を開いたのです」
 

獣医師と作家、二つの仕事


「僕にとって初めての絵本作品『ネコのタクシー』を書いたのは、猫専門の病院を開業した40歳のときです。といっても、『絵本を作りたい』などという考えはまるっきりなく、単に40歳の男が全力を傾けてひとつの物語を書いてみたという感じでした。

出来上がったものを『こんなものを書いてみたんだ』と征三に見せたところ、彼がそれを編集者の方にも見せてくれて、『絵本にしましょう』というお話をいただいたという流れで……。でも、今読み直しても、とてもいいものが書けたなと思いますね」

キャットドクターと絵本作家、2つの仕事を並行しているメリットをどんなところに感じているか、聞いてみました。

「キャットドクターの仕事は、“リアル”です。診療に来るのは、多くが病気になったり、怪我をしたりして苦しむ猫。最悪の場合は、死に至ることもあります。そうした猫たちの姿を見て、飼い主さんも悲しみます。

現実は、とてもつらいことの連続なのです。一方、僕が描く物語の世界では、あまり悪い人は出てきませんし、ずっと優しい温かさに満ちています。僕はそんな空想の世界と現実を行き来しながら生きています。そうやって、自分の心のバランスを取っているのだと思います」
 

日本の猫たちを取り巻く環境


犬を取り巻く環境に心を痛め、キャットドクターを目指した南部さん。今、日本の猫たちを取り巻く環境をどのように見ていますか?

「最近は猫も犬と同じように、品種改良を重ねた猫が増えています。足が短かったり、耳が折れていたりといった身体的な問題を抱える猫、遺伝的な障がいをもった猫が販売されるようになってしまいました。やはり品種改良を重ねると、健康状態に問題を抱えるようになるんです。

猫はもともと体の調子がよければ非常に動ける生き物なのですが、そういった遺伝疾患をもつ猫たちは本来よりも動けないし、跳ぶことができません。この状況には、非常に胸が痛みます」

日々の癒やしを、ペットに求める人たちは絶えません。「猫を飼いたい」と考える人々に向けて、キャットドクターとしてお願いしたいことは?

「ぜひ“普通の猫”を飼ってください。普通のネコとは、いわゆるドメスティック・キャット。あちこちで最もよく見かける、お腹が白くて背中に縞があったりするような、そんな猫です。

ペットショップで、高いお金を出して買う必要はありません。知人の家で生まれた子猫をもらうとか、道端で拾うとか、そういうかたちを取ってもらえたらと思います。少なくとも、ペットショップで買わないという選択肢も考えてみてほしいです」
 

主人公は「どこにでもいる猫」


「『ルイの冒険』で宇野先生が描いてくださったルイも、“普通の猫”。『どこにでもいるような猫で描いてくださってよかった!』と思いました。

何か特別なところがあるわけではない猫。僕にとっては、それが非常に大事なポイントでした。今、世界のあちこちで生きているどんな猫にも
当てはまる、『ルイの冒険』はそんな物語にしたかったのです」
 

主人公のルイは“普通の猫”(絵本『ルイの冒険』より)

「『ルイの冒険』を読んでくださった方には、“愛情”を感じとってもらえたらいいなと思っています。どんな生き物にも、母親的な存在がいます。母の愛は、恋愛や友愛などすべての愛の基本になっているように思うのです。

またこの物語を通じ『どんな苦境に陥っても、きっと誰かが助けてくれますよ』というメッセージを届けたいです。人は、知らないうちに誰かから助けられています。だからピンチに直面したときも、できるだけ諦めないでほしい。そして、周りを助けられる人でもあってほしいと思います。

生きるというのは、助けたり、助けられたりということの連続です。周りを助けられるよう、自分にできることを増やしてスキルを上げてください。周りを助ければ、自分自身が苦しいときにもきっと助けてもらえますよ」

 

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『ルイの冒険』
文・南部和也 絵・宇野亞喜良 友情共作・田島征三

二人の巨匠が奇跡のコラボレーション! 宇野亞喜良の絵に、田島征三の絵が加わり「友情共作」で描かれた、かわいい子猫の冒険ものがたり。文は『ねこのタクシー』の作家でもある、キャットドクターの南部和也。さあ、一緒に冒険の旅へ!

取材・文/木下千寿