世の中って偏見に満ちている。自分は“そっち側”でないほうにいたい


特に意識しているわけではないけれど、ご自身の中に一貫して世の中から「外れちゃった人」「マイノリティな人たち」への思いがあると語る荻上さん。

荻上「それはたぶん自分自身がそうだからだと思うんですよね。アメリカで勉強していた時代には、アジア系で女性で、しかも英語がしゃべれないという自分が『マイノリティだ』という自覚があったし、それで卑屈にもなっていました。日本に帰ってきたら帰ってきたで、近所の人たちから『あの子、30歳近くにもなって何してるのかしら』というような、世間体の冷たい視線にもさらされました。『世の中って偏見に満ちているんだな』というのを肌で感じました。映画の仕事だって『明日なくなっても社会に何の影響もなし』という、災害になったら真っ先になくなっていいような、そんなもんだと思っています。だから『自分は世間という”そっち側”でないほうにいたい』と、常に思っているんです」

社会から置いてきぼりになった人々が希望を得るまでーー『川っぺりムコリッタ』で荻上直子監督が伝えたいこと_img1

(C)2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

「放置された遺骨の主(あるじ)たちもたぶんそういう人たちだったんじゃないか」と荻上さん。そして、松山ケンイチさん演じる主人公、刑務所から出てきたばかりの山田をはじめ、登場人物たちもみな、一般的に「社会的弱者」と呼ばれがちな、社会に置き去りにされてしまった人たちです。

荻上「松山さんには、30代のホームレスの青年と、30代のネットカフェ難民の青年を追った、2本のドキュメンタリーを見ていただきました。二人ともほとんど死んだような目をしていて、希望も何にもない、明日どうしようという感じだったんですが、ホームレスの青年は後半ではホームレス仲間と一緒に清掃のボランティアを手伝うようになり、徐々に目に希望が感じられて。二人は同じように死にそうな目をしていたのに、誰かとつながるということが、どれだけ大切かということを知らされました。山田は、できるだけ人とかかわらずに生きていたいと思っていた青年ですが、ハイツムコリッタというアパートに住んだことで、隣人の島田や大家の南さんなど、変な人たちが無理やり土足で踏み込んできてちょっとずつ繋がりができてきてくる。その人との繋がりが、少しずつ山田の心を溶かしていきます」

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(C)2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

映画は、一人ぼっちの山田と、彼の家に土足で踏み込むように入ってきてご飯を食べてゆく島田の、その食事の風景を何度も描いてゆきます。食卓にならぶのは、山田が勤め先の工場で作っているイカの塩辛と、島田が庭の家庭菜園で作っている野菜。そして白いご飯。今回は山田が炊く白いご飯、炊きあがりを待ち構えて炊飯器のふたをあけ、その香りを深呼吸する場面が印象的です。

荻上「やはり『死』の真逆にあるのが『生』で、食べることは『生』に直結していると思うのです。働き始めたばかりの山田が、お金がなくて食べ物が買えず、お腹すいてお腹すいて、やっと米を買ってきて食べる場面では、松山さんに『お腹を空かせて来てほしい』とお願いしたら、『そのつもりでした』と何日か絶食して下さったみたいで。本当においしそうに食べてくださいました。

島田の家庭菜園は、お金がなくてご飯が買えず、空腹でこのままでは生きていけないという時に、隣人が彼の目と鼻の先で野菜を育ててた、というある種の矛盾を表現したかった。私もそうですが、東京にいると食べ物は『買うもの』だから『お金がなければ食べられない』と思いがちですが、原点として実は『食べ物は作れる』んですよね。松山さんはご自身でも畑でお野菜などの作物を育てているみたいで、『食べること=生きること』という感覚を体で理解して下さっていたと思います」

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(C)2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

荻上「私自身は友達がすごく少ないし、一人が好き。ちゃんと一人でいないと創作ができません。でもそんな私でも、留学している時には、寂しいという気持ちがありました。人間は完全に孤立してしまうととても生きてはいけない。ネットカフェ難民の彼みたいに、どんどん希望が無くなって、いつ死んでもいいと思うようになってしまう。山田も最初はそうだったと思うんです。『いつ台風が来て、洪水に流されて死んでもいい』と思いながら、川のそばにきているんです。そういう気持ちでいたのに、そうじゃなかった。アパートの人たちと関わったことによって、そういうちょっとした希望がうまれたのかなって」

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荻上直子
1972年、千葉県生まれ。1994年に渡米し、南カリフォルニア大学大学院映画学科で映画製作を学び、2000年の帰国後に制作した自主映画「星ノくん・夢ノくん」がぴあフィルムフェスティバルで音楽賞受賞。2004年に劇場デビュー作「バーバー吉野」でベルリン国際映画祭児童映画部門特別賞受賞。2006年「かもめ食堂」が単館規模の公開ながら大ヒットし、拡大公開。北欧ブームの火付け役となった。以後ヒットを飛ばし、2017年に「彼らが本気で編むときは、」で日本初のベルリン国際映画祭テディ審査員特別賞他、受賞多数。また、ドラマでは、2021年4月より放送されている中村倫也主演のドラマ「珈琲いかがでしょう」(テレビ東京)がある。


【写真】松山ケンイチとムロツヨシ、ハイツムコリッタに住む住民たち
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<映画紹介>
『川っぺりムコリッタ』
監督・原作:荻上直子
2022年9月16日(金)公開
上映時間:120分 / 製作:2021年(日本) / 配給:KADOKAWA

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(C)2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

山田は、北陸の名もなき町にある「イカの塩辛」工場で働き始め、社長から紹介された「ハイツムコリッタ」という安アパートで暮らし始めた。できるだけ人と関わらず生きていこうと決めていた山田のささやかな楽しみは、風呂上がりの冷えた牛乳と、炊き立ての白いごはん。山田は、念願の米を買い、ホカホカ炊き立てご飯を茶碗によそい、イカの塩辛をご飯に乗せた瞬間、部屋のドアがノックされる。ドアを開けると、そこには隣の部屋の住人・島田が風呂を貸してほしいと立っている。ぼさぼさ頭で汗だくの男は、庭で野菜を育てているという――。


撮影/市谷明恵
取材・文/渥美志保

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