私の愛読書、山田悠史先生の『最高の老後』で紹介されている、死ぬまで元気を実現する「5つのM」。これはカナダと米国老年医学会が提唱している「老年医学」の高齢者診療の指針です。

<5つのM>
Mobility「からだ」
Mind「こころ」
Multicomplexity 「よぼう」
Medications「くすり」
Matters Most to Me「いきがい」

全て重要ですが、5月に転倒で父が他界した私は、「Mobility=からだ」に注目し、転倒のリスクと予防策について、山田先生に取材させていただきました。その記事はこちらです。

「転倒」は、致死率の高い病気。たった1回の転倒が命を縮める理由>>

 

次に重要だと感じたのはMatters Most to Me。「私にとってもっとも大事なこと」。生きている時だけではなく、自分の最期の医療の羅針盤になるからです。

私の心肺停止の体験記を読んでくださった方のコメントには、「自分だったら、即死が良かった」、「障害が残るぐらいなら、蘇生行為はしてほしくない」といった意見が少なくありませんでした。自分が意識不明で希望を伝えられない状況を想定して、「できる限りの治療をしてほしい」「延命措置は絶対やめて」と意思を明確に伝えておくべきと考えるようになったのです。アメリカのある研究では死に直面した人の10人に7人は意識が朦朧として意想決定ができないと報告されているそうです。
そこで今回は5番目のMについて山田先生と一緒に考えてみました。

 


自分の望む最期についての思いは、どう伝えればいい?


「事前指示書はご存知ですか? 判断能力を失った時、自分に行われる医療の方針について事前に明示した書類で、アメリカでは約7割の患者さんが持っているポピュラーなものです。私が住むニューヨーク州ではWEB登録し、医師が必要な時に迅速に確認できるようになっています。州によっては書類での管理や、自宅の冷蔵庫に貼っています。そこに「病院に搬送しないで」と書いてあれば、救急隊が駆けつけても、家で看取りましょうという判断になるのです。
日本ではこのような指示書を準備している方は少ないでしょう。書き残すのがベストですが、そのためにいきなり話し合っても、書類をつくるための会議になってしまえば、本末転倒。話をすることがファーストステップです」

とはいえ、具体的にはどんな話をすればいいでしょうか?

「まず、両親やパートナーが何を大切にして生きているかです。それを共有するだけでも大きな一歩。医師が治療方針を決める手助けにもなります。何を優先し、何を避けたいのか。たとえば「寝たきりになってまで、生きたくはない」と話していた方なら、心臓マッサージや人工呼吸器をつけるのは望んでいないと判断できます。
もうひとつは、自分が意識を失ったときに、誰に意思決定を託したいか。なんとなくご主人や長男ではなく、各自が信頼できる意思決定代行人を決めて書類に明記するか、情報共有しておきましょう。そうすれば、家族の意見が分かれて医療行為の決断が遅れたり、ご本人の価値観が置き去りになってしまうことを回避できます」

私は電車で倒れ意識不明になった時は、医療機関はどこに連絡すればいいか、本当に心肺蘇生行為を望んでいるか誰も知る由もなし……。

「熊本さんは50代という年齢で、迷わず救命措置が行われました。もし、がん終末期の方や90歳以上の高齢の方だと、医療機関でさえ迷うケースがあります。ご本人の希望がわからないからです。そういった時にこそ「事前指示書」が活きてきます。ただそれも医療機関がすぐに情報を確認できないと意味がありませんので、前述したように管理場所を決めたり、信頼できる人に情報を託しておきたいものです」

残された時間をどう生きたいか、家族や周囲の人と話し合っておく重要性はよくわかります。でも実際、私はそういった話をする機会を持つことはありませんでした。
いつか、そのうち、と過ごしていたら、5月に父が転倒で意識不明になり、延命治療をするかしないかの決断を迫られることに。正直、パニックになりました。父は生前、「寝たきりになってまで生きていてもしょうがいない」と繰り返し言っていたけれど、本音だったか急に確証が持てなくなりました。延命治療をしないのはただ死を待つこと。「寝たきりでも生きていてほしい」、「もしかしたら意識が戻るかもしれない」と、父の想いよりも自分たちがどんな治療なら納得できるかを、家族それぞれが主張しはじめたのです。しかし、それを見かねたよう2週間後に父は旅立ちました。

 
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