11月公演の舞台『しびれ雲』に出演する、女優の緒川たまきさん。お話を伺ったのは稽古の真っ最中、舞台へ情熱や作品に込める想いとして一つひとつ大切に紡がれた言葉は、そのまま緒川さん自身の人生観を表すものでもありました。
その人の日常の生きざまから、クスッと笑えるような作品を
ーー今回の舞台に対して作・演出のケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)さんは、小津安二郎の言葉を引用して「なんでも屋の私は今回、豆腐を作ってみる」とコメントされていました。途中までの台本も読ませていただきましたが、たしかに豆腐という例えどおりの、人々の日常の中に生まれる悲喜こもごもを細やかに描く作品となりそうですね。
KERAさんはこれまで「笑い」に強いこだわりを持って作劇・演出をしてきた作家だと思うんですけど、そのKERAさんが今回の稽古場では「思わず大きな声で笑うようなものは目指さない、笑わせようとはしない」ということを発言しています。「笑いを第一に考えるなら、演出も本の書き方も別のやり方を選ぶけれど、これはもっとさりげない、その人たちの日常の中の有り様や、呼吸感をひっくるめてクスクス笑いになるようなものを目指している」と。
稽古場でたびたびそのような発言をされるのは、作品のトーンを見失わないためだと思います。キャストの中には笑いに対する運動神経が優れている方も多くいらっしゃいますし、その笑いの才能はとても魅力的でもあります。でも一方で取り入れてしまうことで全体のトーンに合わなくなるものもある。これはあり、これはあえてやらない、というような選択が稽古の随所でされているんです。まさに“豆腐”という言葉に集約されるような、特別な日の料理などではない、ごく日常の食事。素材があってこその、それはつまり“その人が生きている”ということがあってこそのもの。今回の作品は、そういうところに最も心を砕いているものだと思います。
いつもなら、ちょっと突拍子もない人やモノも恐れず盛り込んでいくのがKERAさんの作り方。でも今回は稽古中に「あ、今癖が出てしまったな。ちょっとやめておこう」みたいなことも時にはありつつ(笑)、得意なこともセーブしながら繊細に作られていると感じています。
ーー緒川さんが波子という役柄を演じるうえで心がけていること、気をつけていることはありますか。
波子と、妹の千夏(ともさかりえさん)に関しては、じつはKERAさんからまだ「揺れている」と言われています。登場人物が一堂に集まる中でのふたりは常識人で、奥ゆかしい大人の女性。でもふたりだけの時はもっと無邪気というか、少しエキセントリックなところもあります。それは今回の『しびれ雲』の誕生のきっかけになった、2016年、 2019年に公演した『キネマの恋人』があって、全く別の話でファンタジー作品ではあるのですが、こちらにも私とともさかさんが演じる姉妹が出てきます。その姉妹には子どもじみたところがあり、悲しんだりはしゃいだり怒ったりを全編を通して繰り広げるんですね。『しびれ雲』の波子と千夏も、ふたりだけになるとそのようになってしまう。それはもちろんKERAさんの意図しているところではあるんですけど、他のシーンとのギャップがあるので匙加減を「どうしようかなあ」って(笑)。
なので、私たちは今のところ、今後KERAさんがどのあたりを選んだとしても嘘がないようにできるといいな、と。大人の女性という部分と、姉妹ではしゃいでしまう無邪気さと、そのどちらかだけにしがみつくことがないように。自分の役以外の、この作品世界に生きる人たちに興味を持って、その中に波子がどういうふうに生きているのか。今は、そのくらいの距離感で自分の役を見ています。
ずっと変わらない清らかさと、可愛らしさ。
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