港区タワーマンション怪談【追い詰められた明菜】
深夜1時。明菜のスマホ検索の手は、いつも通り止まらない。
眠れないのは、午前中に行ったスパでうっかり眠ってしまったせいなのか、多香子と成美とラウンジで飲んだシャンパーニュが醒めてしまったせいなのか、それとも。
深夜のルーティンになったSNSの徘徊。検索するのは、「中学受験 合格 逆転 直前期 家庭教師 特訓」。おなじみのキーワードは、もう検索候補として並ぶので、入力する必要さえない。
しかし、今夜、明菜は初めての単語を入力した。
「直前志望校変更 実力相当校 偏差値48の進学先」
――ずっと見ないようにしてきたけど……。
6年生で、集団塾と家庭教師、個別塾に使ったお金は300万円以上。さらに課金して娘の亜美が憧れの女学院に手が届くならば、あと1000万円だって投じただろう。
でも、そうじゃなかった。事実から目を逸らしたくて、「母の息抜き」に500万円は使った。
お金をいくらかけたところで、合格圏にはかすりもしない。それでも最後の望みをかけて、塾が難色を示すのも振り切り、女学院特訓コースにねじ込んだ。
それは本当に亜美のためだったのだろうか?
数時間前、多香子が語った言葉が、対峙したくなかった事実を否応なく突きつける。多香子は、見栄やプライドを捨て、娘の望みに寄り添っている。その結果、マンションを売って転居することも厭わないという。それどころか、働くとも言っていた。おそらく、多香子にとって、その二つは「超えない」と思い定めていた一線だったはず。それを娘のために覆したのだ。
果たして自分は、彼女のように問題の本質に向き合ったことがあるだろうか。
明菜の人生では、問題は「対価を払えば」解決できるのが当然だった。キレイに生まれて、適齢期の最高値を存分に生かし、若さと美貌の対価としていい結婚をして、いい暮らしを叶えた。お金を払って家事を任せ、お金を払ってより美しい顔を手に入れた。
このやり方しか、知らない。
イヤなものは見ない。問題はお金で解決。それでも煮詰まったら、逃避する手段を買う。
しかし最愛の娘の受験で初めて、知る。どうやら、明菜は人生に大きな「貸し」があるようだった。それはとてつもなく、大きく膨らんでいるような気がする。
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