――2017年に最先端医療の臓器移植と、生きることの意味を問うた『移植医たち』(新潮社)を、2019年に児童自立支援施設を舞台にした『セバット・ソング』(潮出版社)を発表した谷村志穂さん。丁寧な取材に裏打ちされたリアリティがあり、そこに生きる人々の苦悩や葛藤、希望などを丹念に描き出し続けてきました。そんな谷村さんが新たに取り組んだのは、臓器移植と同じく先端医療の不妊治療についてでした。
谷村志穂さん(以下、谷村):実は編集部からの提案がきっかけでした。『移植医たち』では、医師たちが一つの命に向き合い、なんとかつないでいこうとする姿を描きました。虐待を受けた児童たちが登場する『セバット・ソング』は、命の重さについてすごく考えさせられました。子どもが欲しくて必死に不妊治療を受ける人がいれば、生まれてきてしまった命を持て余している人もいます。また、親の手からこぼれ落ちた命を懸命に助けようとする人だっています。私はどんな境遇にあってもタフでいようとする人を描きたいという思いを持っています。不妊治療というテーマを投げかけられた時、私自身が子どもを生んで育てた経験があり、過去の2作品を書いたから今だからこそ書けるのかもしれない、と思ったんです。
――物語の主人公は医学部4年生の宮本菜々子。旅行研究会に所属する、明るくて魅力的な女性です。湯河原の老舗温泉宿に生まれ、両親と6歳年下の弟の4人家族ですが、幼い頃からなぜか母との間に距離があり、あまり実家に帰っていません。そんな菜々子は、大学のサークル勧誘がきっかけで、韓国からの留学生であるソン・ジヒョンという女性と出会います。3人姉妹の末っ子であるジヒョンは、貿易会社を営む父の仕事の関係で、日本で生まれて6歳まで世田谷で暮らしていました。その後、韓国に戻ったものの、幼稚園の時に仲良くしてくれた幼馴染の男の子に再び会いたいという気持ちからから日本に戻ることを望み、念願かなって菜々子の在籍する医科大学への留学を果たしていました。
誕生日が2日違いで、偶然にも同じ産婦人科医院で誕生した菜々子とジヒョンは次第に仲良くなっていきます。そんなある日、菜々子は献血をします。両親がともにO型なので、自分もO型だと思い込んでいたのですが、検査結果はなぜかB型。念のため、母に電話をして確認してみたところ、菜々子はO型で、母子健康手帳にもO型と記されていると告げられます。もやもやした気持ちが広がる中、4年後期の専攻に法医学があることに気づいた菜々子は、法医学の授業を選択して自分でDNA鑑定を行うことを思いつきます。
谷村:私も理系学部出身ですし、もし私が菜々子だったら、単純に自分で調べたいと思うだろうな、と。法医学の先生にも取材でお話をお伺いして、「こんな学生が来たらだめですかね?」と聞いてみたら、「真実を見つけるのが法医学だから、いいんじゃない?」と言っていただけました。最先端の医療と同様に、DNA鑑定も日々進化していて、科学がつきとめることができる真実もどんどん進んでいるのです。
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