斎藤(鈴木亮平)は恵那にとっては元恋人で、拓郎にとっては頼れる先輩ですが、自分が仕えている政治家のためなら女も後輩も平気で騙すところがあります。親身に相談に乗るふりをして、うまく自分が望むほうに誘導したりもしていて怖い。

他にも、捜査に協力してくれていた人が途中でやっぱりやめると言いだしたり、いい上司だと思っていた人が保身野郎だったり、これまたいい人だと思っていた人がとんでもないクズな発言をしてきたり……ギリギリまでどう転ぶかわからないハラハラ感と、「この人信じてたのに敵だったんだ!」という衝撃を味わえる作品でした。

 

「正しいことがしたいなぁ」の危うさ

先ほど挙げた拓郎のモノローグ「正しいことがしたいなぁ、正しいことがしたいなぁ」は、拓郎の過去(いじめを見て見ぬ振りをし、友達が自殺したこと)や、冤罪事件を追っていることを考えると理解できる一方で、ものすごく怖いセリフにも感じます。

少なくともいじめや冤罪はあってはいけないことですが、「正しさ」とはときにゆらぎうつろうもの。その人によって「正しさ」は違うかもしれないし、極端な話をすれば「人を殺してはいけない」のは今は当たり前のことですが、戦争をしていた時代には「敵を殺す」ことが正しいとされたときもあった。「絶対的な正しさ」なんてないと言ってもいい。そういうことが見えなくなるのは、怖いことでもあります。

実際、2人がやっとのことで出した報道がきっかけで嘘の証言をした人が逃げてしまい、それ以上事件を動かせなくなってしまったこともありました。“闇落ち”した拓郎は、友達のいじめについて相談したのに、無かったことにした母親を責め、家を出ていきます。拓郎の母が何もしなかったのは、いじめていた子が学校で権力を持っている家の子だったからでした。田舎から出てきて、早くに夫を亡くしてシングルマザーとなった彼女にとっては、息子を守ることが何よりも正しいことでした。
 

村井の存在が『エルピス』のキモ

いろんな人への印象が変わっていく中、その変わりようが最も顕著なのは、「フライデーボンボン」のチーフ・プロデューサーだった上司・村井(岡部たかし)です。初回では恵那をババア呼ばわりする、口が悪いセクハラモラハラ最低上司、正真正銘の嫌なやつでした。報道を外されたらしいという話が出たとき、「無能だったか、問題を起こしたのだろう」と思ってしまいました。

でも、恵那や拓郎が事件を追っていることを知ると、村井の意外な一面が見えてきます。はじめは「バカ」と言って止めようとしますが、真実にたどり着いたことを知ると、次第に拓郎たちに協力してくれる場面も増えます。長い物には巻かれろ主義の腐りきった人が多い中、村井は腐りきっておらず、真実を伝えることを諦めていないのが徐々にわかってくるのです。事件に関して話したり聞いたりしているときの、目つきが全然違う様子に、何かこの人には心の中でくすぶっているものがあるんだなとわかります。