女だけがピンとくる「彼女の秘密」


「はあ? どうして? 交通費ってこと?」

私は驚いて彼の顔を見た。彼はCMを打っているような有名美容外科の美容皮膚科医なのだ。雇われの身分とはいえ院長でもあるし、年収は数千万レベルのはず。

「これで昼ごはんとかやりくりしないといけないの。あんまりだろ? うちの嫁、鬼なんだよ。子どもは3人とも医学部にいれるから1日も早く開業資金を貯めて荒稼ぎしろ、お前は2000円でやりくりしとけ、って言うんだ。飲み会とかは申告制で、領収書提出させられる始末でさ」

「3人!? お子さん、3人もいるの?」

思わずつっこむと、拓人はやけくそという雰囲気でビールをあおった。オシャレなバルももはや新橋の飲み屋さんに見えて来る。

 

「実子は一人。上の二人は嫁の連れ子」

「そうだったの? ……でも、最後に電話で別れ話をしたとき、そんなこと言ってなかったじゃない」

「そりゃそうだよ、俺もその時は知らなかったんだ。アイツ、両家顔あわせの日にさ、制服着た中学生と小学生を連れてきて。てっきり妹と弟だと思ったら、『子どもです』っていうんだぜ。再婚だってことも知らなかったこっちはさ、ひっくり返ったよ」

「う、嘘でしょ!? 知らなかったの? 結婚するのに?」

「いや、結婚するつもりだったのは彩未だったし……。嫁とはさ、同じ職場で、まあその、軽い関係だったんだ。その頃は物分かり良くて、いい感じだった。だから付き合ってないし、知らなかったんだよ家族構成とか、歳とかさ」

 

私は感じよくほほ笑むのも忘れて、拓人の顔をまじまじと見た。この男は、頭がいいと思っていたけれど、すごくアホなのかもしれない。

「俺の両親も、反対したかったみたいだけど、なんせ孫ができてるし、健診で男の子だってわかって、長男の長男か……みたいになってさ。嫁も産ませてください、って号泣するしでスピード婚。そしたら豹変して今に至り、俺は1日2000円生活になったの。まあ、俺も私立医学部出してもらったし、子どもにもやってやらないとなって思うからさ。だけど実子だけだぞ、とは言えないだろ?」

「号泣からの2000円の落差がなかなか凄いわね……」

「だろ? 上の二人もさ、父親はそれぞれ違うからバツ2なの。でも全員ドクターなんだぜ。徹底した女だよ」

私はもはや相槌をうつのも忘れて、赤ワインをごくごくと飲んだ。

長い間、自分がなぜフラれてしまったのか、考えてきた。夫との仲が冷えてしまったとき、「結婚するはずだったのは、違う人だったのに」と未練がましく考えて、あったかもしれない世界線と比較し、苦しんだ。

今、わかった。私に足りなかったのは、なりふり構わず目的に突き進む決意と行動力。去った恋人を思い浮かべてうじうじしている間に、「彼女」は彼を手に入れ、子どもたちを「托卵」することに徹していた。

「今じゃさ、嫁には指一本触らせてもらえない。あいつはママ友とホテルビュッフェとか行ってて、俺は身を粉にして働いているってわけ。ほんと騙されたよ、女って怖いな。他人の子を二人も医者にするなんていくらかかると思ってんだよ」

「……それってほんとに2人なの?」

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かつての恋人の思いがけない告白は続く……。
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