ヘイトスラングを口にする父、テレビの報道番組に毒づき続ける父、右傾したYouTubeチャンネルを垂れ流す父……老いて「ネット右翼」になった父に心を閉ざした、文筆家の鈴木大介さん。対話の回復を拒んだまま、末期がんの父を看取ってしまった鈴木さんは、苦悩し、煩悶します。

父の死後、自身の「ネット右翼」に対する認識を検証し、母、姉、叔父(父の弟)、姪、父の友人の証言を集めていくうちに、徐々に父の実像がリアリティを伴って見えてきた結果、父は鈴木さんの思うような「醜いネット右翼」ではなかったことがわかり、そして自分が「父をネット右翼と決めつけていた」ことに気づきます。

父はいつから、なぜ、ネット右翼になってしまったのか? 父は本当にネット右翼だったのか? そもそもネトウヨの定義とは何か? 保守とは何か? 父と家族の間にできた分断は不可避だったのか? 解消は不可能なのか? 父の看取りから検証を終えるまでを記録した鈴木さんの著書『ネット右翼になった父』(講談社現代新書)は同様の悩みを抱える多くの読者から共感の声が多数寄せられ、発売3週間で重版がかかりました。

父についての聞き取りをしていく中で、4歳年上の姉と鈴木さんが抱える「父親像」が大きく違っていることが判明します。家族なのに、一体なぜ?『ネット右翼になった父』から、姉が父と対峙を試みたエピソード、そして家庭内のジェンダーバイアスについて記した部分を一部抜粋します。

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女性蔑視発言を繰り返した父に「ネット右翼」認定し、心を閉ざしたまま看取った僕の後悔>>

「ネット右翼になった父」に心を閉ざした弟、「しょーもない父」と受け止め対峙した姉_img0
 

鈴木大介 さん
文筆業。1973年千葉県生まれ。主な著書に、若い女性や子どもの貧困問題をテーマとしたルポルタージュ『最貧困女子』(幻冬舎新書)、『ギャングース・ファイル――家のない少年たち』(講談社文庫、漫画化・映画化)や、自身の抱える障害をテーマにした『脳が壊れた』(新潮新書)、互いに障害を抱える夫婦間のパートナーシップを描いた『されど愛しきお妻様』(講談社、漫画化)などがある。2020年、『「脳コワさん」支援ガイド』(医学書院)で、日本医学ジャーナリスト協会賞大賞を受賞。
Twitter:@Dyskens

 

同級生男子から告白を受けた姉に「おまえに隙があるからだ」


姉も僕も、思春期に差し掛かる頃から、「父とは話しても目が合わない」「話しても返事がズレている」「問いかけを無視される」という違和感を抱いていたことは共通している。けれど、やはり僕はその理由として「優れている父に対し、自分の能力が低いせいだ」と感じていた。けれど姉は、もう小学校高学年ぐらいから、「この人(父)がしょうもない人だから」という、「等身大の(小さな)父親像」を描き、そうした存在として受け止めていた。そして、そんな家族を俯瞰して、我が家は機能不全家庭であり、その原因が父にもある(この父が悪い)と感じていたというのだ。

確かに当時の記憶として、姉は小学校高学年ぐらいから僕以外の家族に対して(母にも父にも)とても気難しくなり、家族の時間がとてもピリピリしたものになっていたのを憶えている。けれど姉によれば、そこにはいくつかベースとなった体験があったのだとか。

それはまず、小学校時代に姉が同級生の男子から告白を受けたことに対し、父が「おまえに隙があるからだ」と言って責めるという、これまた現代であればジェンダー配慮的に盛大なレッドカード発言をしたこと。

さらに、私立中学に通う電車の中で、毎日のように痴漢に遭う姉を心配した母が、父に対して「同じ電車で通勤して」と依頼するも、父はただ同じ電車に乗るだけで、姉からすれば「すこしも守ってもらえている感じがしなかった」ということ。

「ネット右翼になった父」に心を閉ざした弟、「しょーもない父」と受け止め対峙した姉_img1
写真: Shutterstock

他にもいろいろあったのだろうが、こうした体験を通じて、姉の中では早々に「どちらかというとこの父親はしょーもない人」「不完全な人間」という認識が育っていったというのだ。

また、我々の学齢期に父の単身赴任があったことに関しては、姉は父にではなく、社会に対して明確な怒り、被害感情を抱いていた。

「本当に企業ってのはひどい。ほんの数ヵ月前に連絡して、家族から父親を奪うなんて。人の家族を何だと思っているのか。何様のつもりなんだろう。いわゆる機能している家族なら、なんとか乗り越えられるかもしれないけど、うちみたいな関係が危うい家族においては、ひとたまりもないってことなんだよ。家族の不在っていうのはさ」

当時の母は情緒不安定で、大きな声で「お父さんがいない家を私がひとりで守ってるんだから!」と姉に言って、泣いたこともあるという。

そして、そんな姉は20代になった頃、ロビン・ノーウッドの『愛しすぎる女たち』(機能不全家庭と女性の愛着障害について一般向けに書かれた、最も初期のものといっていい名著だ)を読んで、「お父さんは私のことが邪魔なんだな。だから目が合わないんだな、返事もないんだな、いない者扱いされているんだな」と感じて、号泣したのだとか……。

父との関係性を正常に紡げなかったと感じているのは同じにしても、姉弟でここまで受け止め方が違うのかと、改めて驚いた。