『サプリ』のおかざき真里さんが最新作で描くのは、胚培養士(はいばいようし)。採卵、採精後の卵子と精子を受精させ、受精卵を育てる医療技術者なのですが、知っていましたか? 受精させる作業は医師が行っていると思っていた人も多いのではないでしょうか。
2022年4月から人工授精等の「一般不妊治療」や、体外受精・顕微授精等の「生殖補助医療」が保険適用になりました。1月30日に1巻が発売された『胚培養士ミズイロ』は、その生殖補助医療で一番重要な業務を担う胚培養士が主人公です。

『胚培養士ミズイロ』(1) (ビッグコミックス)

日本では14人に1人が体外受精で生まれている。このクリニックには、体外受精の中で一番重要な専門職・胚培養士がいます。生殖補助医療を医師の指導の元に行う職業で、患者から預かった卵子と精子を受精させたり管理する仕事です。ミスや失敗は決して許されない世界。「生命」を扱っているから。「物言わぬ細胞のため、まだ名前のない卵のための技術動作ができる」と評される胚培養士・水沢歩の元に訪れた夫婦。

 

これまでも不妊治療を続けてきた夫婦でしたが、一刻も早く子どもを産みたいと強く要望を出すようになりました。彼らが望むのは「複数の胚をふたつ以上、同時に子宮に戻したい」というもの。通常、体外受精では採卵手術で卵子を複数個取り出しますが、ひとつを子宮に戻して、残りは凍結させておきます。

 

双子以上になるリスクや、高血圧や妊娠糖尿病、早産のリスクがあると歩は伝えます。それでも「複数胚戻し」をしたいと言う妻。妊娠出産を急ぐ彼女の心には、家族へのある想いがあったのです⋯⋯。

 

不妊の原因の半数は男性。でも彼らは⋯⋯


2話は、男性不妊がテーマ。「不妊の原因のほぼ半数は男性に原因がある」からはじまり、男性不妊の種類の解説や、不妊治療に対する男性あるあるが描かれています。検査や投薬を妻に子どもは自然に授かるものだと軽くあしらったり、普段来院しない人が待ち時間の長さに怒り出す、そのくせ、採精室に入ると狼狽える、など⋯⋯。

 


胚培養士のプレッシャーと喜び


生殖補助医療の中で、胚培養士の技量が試される瞬間の一つは、精子を探す作業。採卵から受精の間に、良好な精子を見つけ出すのには完成度の高い下準備ができる繊細さと、判断の速さが必要になるのです。

 

レンズを注視する緊張が続き、疲弊する作業。でも、その先には奇跡のような生命の誕生に携われる喜びと達成感が待っている。これこそが仕事のやりがいで、大変でもやめられないというのは『サプリ』でも描かれていたテーマです。


不妊治療と仕事で揺れるのは当たり前


4話では不妊治療とキャリアの狭間で悩む女性の葛藤が描かれます。今回も妊娠できなかった落胆と、通院で仕事の関係者に迷惑をかけてしまう罪悪感。でも後悔したくないから治療をしたい。でも、このまま続けても子どももキャリアも得られず、失うだけなのかもしれない。あの芸能人は40歳過ぎてからも妊娠したのに⋯⋯。「不妊治療中、揺れない人は、いない。」という言葉は、治療を続ける人への優しい呼びかけです。

本作は、不妊治療や胚培養士に関するシビアな現実をも突きつけてきます。日本の不妊治療は世界で最も低い成功率であること、胚培養士には国家資格がなく、医師ではないので診断はできないこと。そんな中、歩は言います。「患者さんに少しの希望は渡してあげたいと思う。希望が見えない不妊治療はしんどいものだから。」治療を続ける患者へ寄り添う彼女の想いが心に沁みます。普段は培養室にこもってレンズを覗き続けていて、患者と対面する機会は少ない胚培養士という仕事。でも、歩はレンズから見る受精卵に、心の中でこう声をかけています。

 

彼らのプロフェッショナルな技術には、患者の望みを叶えたいという願い、そして肉眼では見えない小さな細胞へのエールがこもっているのです。保険適用でようやく、日本でも治療が必要だと社会的に認められた不妊という症状。このタイミングで、胚培養士に注目したこの作品が世に放たれたことには、大きな意義があると思います。

 

【漫画】『胚培養士ミズイロ』第1話を試し読み!
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『胚培養士ミズイロ』
おかざき真里 (著)

14人にひとり。日本では体外受精で生まれているーー。自らの手で精子と卵子を受精させ、小さな命を導く人・胚培養士(はいばいようし)。治療件数が最も多いにも関わらず、最も妊娠率の低い日本で、“男性不妊”、“高齢出産”など、さまざまな問題に直面しながらも、子供を欲する夫婦たちの強い想いに応えていく。保険適応等で最注目! 不妊治療の現場で働く人たちの、まだ見たことがない新しい医療ドラマ開幕!!


作者プロフィール:
おかざき真里
博報堂在職中の1994年に『ぶ〜け』でデビューする。 2000年に博報堂を退社後に、広告代理店を舞台にした『サプリ』はドラマ化もされ、大ヒット。 代表作として『渋谷区円山町』、『&(アンド)』、『かしましめし』などがある。


©おかざき真里/小学館
構成/大槻由実子
編集/坂口彩